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頑張って平気な顔は維持するけど、ちょっと今までと印象変わっちゃうな…。
受け取ったタオルで汗を拭き、控室に戻りながら早く千百合の顔が見たいな、とふと思ってしまった。でもきっと、いつもの落ち着き払ったクールな彼女に完全に戻ってからじゃないと俺の前には現れないつもりだろう。
…そうか、俺が全開で舞台で演じさえすれば同じ状態が再現されるわけだよな。そしたらまだ全然チャンスはある。何よりこれから東京公演が始まるし、そのあとの地方公演もずっと一緒じゃないか。その時にあいつの目の前で全力の演技をかましてやる。その場であいつが気絶しそうなやつを。
とにかく、何食わぬ顔して、俺が演技を終えて袖に引っ込む時に必ず出迎えろ、と厳命しておこう。板橋からこんな話を聞いたことは伏せておけばいい。あくまで何も知らないふり。
絶対に千百合の全開な表情を見たい、この目で。
このわくわく感がもしかしたら俺の助平心からきているのかも、という自覚はないこともなかったが、そこは見なかったことにしてねじ伏せた。
…こうして無事、大学の舞台公演は終わった。これからあいつと一緒に経験する初めての、プロの舞台が始まる。
早くも翌日の朝。
わたしは立山くんを迎えに来た事務所の車に同乗させてもらって東京へ出発することになっていた。朝の支度ぎりぎりまでわたしを抱いていた竹田が寮の出口まで一緒についてくる。
「竹田、あんた今日グループの本番でしょ。準備は大丈夫なの?」
「平気。衣裳は何回も厳重にチェックしたし。メイクは始まれば地獄みたいに忙しいけど、まだ少し間があるよ」
背後から腕を前に回してぎゅっと抱きしめる。研修はまたとないチャンスなので、快く送り出してくれる。でも。
「…ごめんね、あんたのグループの本番も見られなくて」
「いいよ、気にするな。できるだけ早く向こうに行って少しでも役に立ちたいんだろ。…でも」
わたしを振り向かせ、唇を重ねる。もうこいつには人目を気にする、という機能は既に搭載されていない。わたしの方はかなりまだ気になる。…特に、立山くんが見てたらやだなぁ、と未だにちょっと考えてしまう。
「何度も頼むようで悪いけど。…ずっととは言わない、この研修の間だけでいいから。…他の男に触らせないで」
「それはわかってるし。てか、わたし何しに行くと思ってんの?遊びに行くんじゃないんだよ」
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