第11章 犬は迂闊に拾わない

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「佐久本さん。…お世話になります」 東京公演の舞台の打ち合わせの時。俺は今回の舞台美術を担当してくれる会社の人を目ざとく見つけ、近寄っていった。図々しい頼みごとをしてある関係で、くれぐれも挨拶しておかなくてはならない。 「ああ、立山さん。…楽しみだね、今回の舞台」 顔を上げて俺を認め、愛想よく挨拶を返してくれる。一見気難しい職人風だが、口を開くと意外なほど人当たりのいい如才ない人物だ。俺は頭を下げた。 「今回、無理言って研修お願いしてすみません。うちの学生がお世話になります」 「ああ、はいはい」 途端ににこにこするが、普段が如才なさ過ぎて機嫌がいいのか顔だけとりあえず愛想よく見せてるだけなのか全然見当もつかない。俺はしょうがなくそのまま続けた。 「何回か顔合わせと見学に伺わせましたが。どうですか、何か迷惑かけてませんか」 「うんうん、あれね。あの子、立山さんの紹介だったんだ。それはまた」 気持ちよくぺらぺら口が動くが、殆ど何も言ってないに等しい。が、次の瞬間俺はちょっと安堵した。 「あれはいいよ。筋がいいし、何より素直で柔軟性があるよね。ああ見えて結構、学生演劇でキャリアのある子でしょ?そういうのって今までも何人かうちに来たことあるけど、なまじプライドがあるからホント、扱いにくいんだよね。いちいち固まっちゃった土台を崩すとこからやんなきゃなんないけど」 愛想のよさが消え、ふとうんざりした素の表情を覗かせる。この人の前で一体何をしたんだ、その連中。 「その点あの子はヘンなプライドもないし、一から吸収したいって気持ちが前面に出てるから。腰も軽いし、カンもいいし。あれは予想外に使えるな。助かったよ、立山さん。君の友達?」 「はい、そうです。とにかく前向きでやる気のある奴なんで。是非こき使ってやって下さい」 そう言いつつ、何だか顔が緩むのを止められない。あいつが目をきらきらさせて元気よく見知らぬ場所、見知らぬ人たちの間で活き活き跳ね回る姿が目に浮かぶ。竹田のみならず、大学の男連中があいつのことを綺麗になった、女らしくなって色っぽくなった、とそわそわ評してるのは知ってるけど。俺にとってはあの初対面の時と同じ、木の葉の間から真っ黒な輝く瞳を覗かせた元気な小猿みたいな女の子のままだ。一目で惹きつけられたその瞬間から印象はずっと変わらない。
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