第11章 犬は迂闊に拾わない

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例え今はすらりとした綺麗な体型がわかるぴったりした服を身につけ、ポニーテールにしたさらさらの長い髪を勢いよく跳ねさせながら動き回る姿に変わってたとしても。 佐久本さんの表情が不意ににっと笑った。いつもの適当な愛想のよい微笑みと全然違う。人の悪そうなからかうような顔。なんだ、この人、いろんな表情ちゃんと持ってるんだな。 「…立山さん。もしかしてあの子、立山さんの密かな彼女?恋人を研修にねじ込んできたってわけ?」 「そんな」 いきなり言われて戸惑い、慌てて否定しようとして思い留まる。…そうか。ここではいっそそう思わせておくのも手か。 舞台公演なんか有象無象、役に立つのから今ひとつなのまで把握しきれないほどの人物が関わる中、その中に不埒な問題ある奴が紛れてないとは限らない。仕事上のことはともかく、プライベートや下半身の人格までは正直保証できない。 そんな中で勿論ずっと俺が彼女を見守ってることなんか全然できない相談だ。現実的じゃない。あいつだってそんなこと、望みはしないだろう。 それくらいならいっそ、そういうことにしてしまえば。虫を追い払う程のいい口実になるんじゃないだろうか。 「佐久本さん」 俺は真剣な表情を作って声を潜めた。この程度の演技はお手の物だ。呼吸するくらい簡単に装える。 「…実は、あんまり公にはできないんですけど。そういうことなんで。…俺がいつも見てるってわけにはいかないので、お手数ですが…、くれぐれも、よろしくお願いします」 佐久本さんは俺の顔つきの真剣さに思わず表情を改めた、ように見えた。やがて、承知顔に笑みを浮かべ、何度も頷く。 「…いいねぇ、青春だねえ」 内心で肩を竦めた。いえそれほどでも。どうにもぱっとしない、冴えない展開ばっかりですよ。 何度も頭を下げて彼から遠ざかりながらついリアルなため息をついてしまった。こんなんが『青春』なら。こんな思うようにならない、もどかしい日々なんだとは正直予想もしてなかったかも…。 「この大学の舞台終わったら、いよいよ東京公演ですね」 後部座席にちょこんと遠慮がちに座った小さな身体。俺のマネージャーが運転する車に千百合も同乗して学校に帰る途上だ。三月公演が間近なので、俺も最終リハーサルに顔を出さなければならない。舞台美術の会社の方で見学に飽き足らず、ちょこまか仕事を手伝い始めている彼女と待ち合わせて一緒に戻ってきた。
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