4人が本棚に入れています
本棚に追加
「…褒めてはないよね」
ぼそっと呟くのが聴こえたが気にしない。俺としては最大限褒めたつもりだ。
「とにかく腰軽くにこにこして元気に振舞っとけ。一緒に仕事してて気持ちいいなって思わせればいい。結果はその後でついてくるから」
「現実的なアドバイスをありがとう。そうさせて頂きます」
「うん」
そういうやり取りをしてる間に学校近くのインターに到着した。渋滞さえしてなけりゃ結構あっという間だ。
「…タク、元気に学校行ったかな」
ぼそっと声が呟く。俺は内心で肩を竦めた。…心配なのはタクだけじゃないだろ。まあ、敵はあんまり心配し甲斐のない人物だけど。
「今回は二泊東京に滞在してたからね」
マネージャーが口を挟む。俺も思わず口を出す。
「今日は大学の方だろ、泊まるの。瀬戸さん家じゃなくて」
そして当然あいつの部屋だ。千百合はちょっと気重そうに答えた。
「うんまぁ。…学校の公演の追い込みで帰ってきたわけだし」
緩やかな長い坂道を登って大学の門にたどり着く。俺は思わず目を剥き、呆れた。
あいつ、門のところで待ってやがる。
「ずっと待ってたのか、あそこで。あいつ何考えてんだ」
思わず零した言葉に千百合が反応した。
「さっきLINEで『今どこ?』って訊かれたから。見当つけて出てきたんでしょ」
それはそうかもしれないけど。
「衣裳だってこの追い込みでやることあるだろ。自由だなぁ、相変わらず」
「すみません…」
肩を縮める千百合。何故お前が謝る。
「…ちゆ!」
門の前で後部座席から降りた彼女に駆け寄り、俺たちの目もなんのその、がしっと抱きしめてすかさず唇を重ねた。さすがにここまで目の前で堂々とされるとこめかみがピキッとなる。俺たちに見せつけるでもなく、ただ周囲の人間なんか目にも入らない天然な様子なのがまた腹立たしい。
千百合は大人しくされるがままになっている。最近は抵抗しても無駄だと諦めたようだ。
「向こうの現場じゃジュンキの彼女だって広めるのに協力してるけどさ、俺も。この光景で全部吹き飛ぶね、そんな小手先の嘘」
ハンドルに凭れてにやにやそれを見ているマネージャー。俺は助手席で憮然として腕を胸の前で組んだ。
「別にそれはいいだろ、便宜上のことなんだから」
「はいはい」
何もかも承知してますみたいな顔するな。イラっとする、マジで。
ため息をついて自分も車から降りた。どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどね、こんなことは…。
最初のコメントを投稿しよう!