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「はぁ……馬鹿な事したかな……」
斎藤との出会いを思い出し、和紗は盛大なため息をついた。
自分の秘密を握る斎藤に逆らう事は許されず、理不尽な命令にも従って来た。
せめて、撃剣師範くらい自分で勤めて欲しいものだ。
斎藤から一時解放され、隊務を終えた和紗は他の隊士同様次なる隊務へ移るところだった。
「市中巡察、斎藤先生が唯一真面目になさる隊務なんだよなぁ。」
入隊して半年、ずっと斎藤の下についていたが。和紗は自分の上司がとんだなまくらだと言う事実に驚愕した。
暇があれば縁側か屋根上で寝転がり、稽古となればすっぽかす。夜は黙々と酒を片手に刀の手入れ。それを他の組長達は黙認しているのだから始末が悪い。
そんな斎藤が唯一真面目にこなすのが市中巡察。
組みを率いて浅葱の羽織をなびかせ、先陣を切って市中を練り歩く姿は悔しいが様になっている。実際、何度か不逞浪士と斬り合いになった事もあるが、その腕たるや……
「何であんなにお強いのかね、あの人。」
真面目にやっている自分が馬鹿らしくなるくらい。その艶やかな刀捌きに魅了された。
斎藤の剣の腕だけは、和紗も素直に認め尊敬している。
屯所の門前には既に数名の隊士と斎藤の姿があった。
和紗は慌ててその場まで駆け出した。
「和紗、遅い。組長である俺より後に来るとはお前も随分と出世したものだな。」
「……申し訳ありません。 」
小馬鹿にしたように口端を吊り上げて笑う斎藤に僅かながら殺意が芽生えたのを押し殺す。
ーー誰のせいだと思ってんのっ!? この馬鹿上司ぃ!
他の隊士に笑いかけた、と言う濡れ衣に近い不満で責めたてられ、罰として斎藤の身の回りの雑務を押し付けられていた和紗は奥歯を噛み締め心の中で地団駄を踏んだ。
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