其の壱

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背後に感じる冷ややかな空気。見る見るうちに和紗の顔色が真っ青になって行く。 あっと言う間もなく首根っこを掴まれ、無言のまま引きずられた。 ーーし、死んだ!今日こそ死んだぁぁ! 沖田、藤堂の二人に涙目で無言の助けを求めるも無意味。頑張れと口をパクパクさせる二人に肩を落とし、無抵抗のまま連れて行かれてしまった。 和紗が連れてこられたのは屯所の厠の裏だ。 ドンっと壁に追いやられ、恐る恐る見上げると其処には先程まで藤堂との会話に出てきた人物で和紗直属の上役である男の姿があった。 「さ、斎藤先生……いらしてたんですか、はは!」 顔を引きつらせながらも何とか笑みを浮かべて見せるが、斎藤先生と呼ばれた男はピクリとも笑わない。それどころかむしろ怒っているようにも見える。 「和紗、他の隊士にへらへらするんじゃないと以前にも言った筈だが?」 「いや、あの、笑ってませんけど……」 「和紗?お前は俺の?」 「げ、下僕でございますぅぅ!」 問答無用、口答えは不要とばかりに高圧的かつ威圧的に距離を縮めてくる斎藤に後ずさりしたい気持ちは山々だが、何せ後ろは厠の壁。行き場を与えられていない和紗に逃げ場はない。 ふるふると犬のように震える和紗を見下ろしながら、斎藤は何故か満足そうに口端を吊り上げ不敵な笑みを浮かべた。 「 お前のその怯えた声は中々にそそる。いいか?俺の命令は絶対だ。此処に居たいのならな……まぁ、お前が”女”である方が俺にとっては好都合だが、他の男にすぐに知られるのも面白くない。バラされたくないのなら言う事を聞いたほうが賢明だな。」 この男、名を斎藤一と言う。 和紗を除いて、新撰組最年少にして三番組組長兼、撃剣師範(面倒くさいから和紗に代役を任せている)を勤めているのだが、とある事情により和紗の秘密を握る唯一の人物で、それを盾に自らの下僕として和紗をこき使う性悪上司であった。 先程さらりと斎藤が口にしていたが、如月和紗(十七歳)は男と偽り新撰組に入隊している。 敢えて二度言おう。 和紗は男と偽り新撰組に身を置く ”女” である。
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