1.不思議の国

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 勢いよく戸を開けて店に入ると、店の奥で店主の青年が振り返った。 「すみません。今日はもう閉店なんですよ。……って、あれ?」  二人は少しの間黙って互いを不思議そうに見つめ合う。  少しして青年がひざに手をついて腰を屈め、トムに問いかけた。 「ぼうや、一人? 大人の人は?」  青年はトムを迷子だとでも思ったらしい。  トムは眉をひそめて青年の格好を頭のてっぺんから足の先まで舐めるように眺めた。  いつもトムが食べ物をもらいに来た時の彼とは違っている上に、トムが知っている現代男性の服装とは明らかに違っているのだ。  彼は普段、トレーナー、ジーンズ、スニーカーの上にエプロンという、いたってシンプルで普通の服装をしている。  ところが今目の前にいる彼はタートルネックの長袖Tシャツの上に半袖の膝下丈ワンピースを着て腰を太めの紐で縛っている。ワンピースの下はダボダボのスパッツ(ももひき?)のようなものを履いて踵のないショートブーツを履いていた。どちらかといえば女の子の服装のようである。  トムがあまりに怪訝な表情をしていたのか、青年は身体を伸ばすと腕を組んで不愉快そうにトムを見下ろした。 「何? その異星人を見るような目は」 「だって、桜井さん変なんだもの。それ、何のコスプレ? イベントでもあるの?」  トムの問いかけに青年は服の胸元をつまんで意味不明な返答をする。 「これでもあっちじゃ普通のカッコなんだよ。こっちの服を着て帰ったら姫に怒られるんだ」  トムは益々怪訝な表情で引きつり笑いをしながら青年を見上げた。 「あっちとかこっちとかって何? ぼく、イヤな予感がするんだけど」 「こら、自分ばかり質問するなよ。おまえ、なんでぼくの名前知ってんの?」  不思議そうに問いかける青年をトムはいたずらっぽく笑って見上げる。 「常連さんがそう呼んでたから」 「常連さん? おまえ、うちに来た事あるの? 見覚えないけどなぁ」  青年は再び身を屈めてトムの顔を覗き込んだ。  トムは青年の目をまっすぐに見つめ返す。 「ぼく、時々桜井さんにごはんをもらってたんだよ」 「ごはんなんてネコにしかあげた事ないぞ?」  青年が首を傾げるとトムはにっこり笑って自分を指差した。 「それがぼく」 「はぁ?!」
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