馨しいひみつ

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最近、気になっている人がいる。 この辺りでよく見掛ける人でね。けれど、一度も話したことがないんだ。 見た目は、あまり好みとは言えないな。 僕は年下で、華やかな雰囲気のコが好きなんだ。 なのに、どうしてこんなに気になるのか。十は上に見える、地味で、猫背の彼女が…。 僕があの人を初めて認めたのは、梅雨の晴れ間の、ある夜だった。 大学を卒業して、就職と同時に一人暮らしを始めた僕は、 まだ慣れたとは言えない仕事と家事の両立に、体を引きずる様な日々を送っていた。 その日も、夕飯はどうしようか、風呂は面倒だな… などと考えながら家路を歩いている途中で、結局コンビニへと吸い込まれていった。 弁当の棚の前では、女の人が考え込んでいた。 小さめのそぼろ弁当と、ご飯大盛りの唐揚げ弁当を両手に持って立ち尽くしているのだ。 “邪魔だなあ…”最初はそれだけだった。でも…。 僕はその人を見た。いい香りがしたからだ。 “なんの香り”というのではなく、なんとなく好きな香り。 落ち着くような…やわらかな。 そこに惹かれた分、彼女の地味さが余計印象に残って、その存在を意識するようになった。 とはいえ、それは“いつも頭にある”というものではなく、見掛ければ“ああ、あの人だ”と思う程度のものだ。 決して恋だの愛だのではないことは明らかだった。
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