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真夏だった。日が真上から照りつけ、其処彼処(そこかしこ)で蝉が喚く。猛暑に古びた校舎の像は歪み、涼しさを醸し出す筈の蒼穹さえも今は憎い。風一つ吹かぬ校庭の片隅で、 織田 雪霧 ーおだ ゆきぎりーは一つため息を吐いた。校則を遵守しつつも短すぎぬ黒髪に、着慣れた制服の白シャツと夏用の学ラン黒ズボンー。普段のインドアの生活が滲み出たような白い肌に今は煩わしくもじわじわと汗が浮かぶ。
「暑い……」
本日何度目であろうその台詞を拾ったのは10メートル先の花壇に水を撒いていた少女だった。
「なぁに!男のくせにだらしないっ」
このストレートの黒髪を高い位置で球状に纏めた低身長の二年生は、雪霧をまるで先輩扱いしてくれない。黒の夏用セーラー服に身を包む彼女ー日ヶ里 小梅(ひかり こうめ)ーは空になったジョーロを片手に此方(こちら)へ向かってくる。
「ほらっ、次は織田先輩が水汲んできてくださいっ」
有無を言わさずピンクの象を模(かたど)ったジョーロを押し付けてくる。
「はいはい、わかりやしたよ、おじょーさん」
「『はい』は一回です!」
夏休みの校舎には鍵が掛かっており、中に入ってすぐ側の玄関口の水道を使うことはできない。校舎の真裏にある井戸までこの炎天下の中歩いて行くのは正直億劫だった。しかし先ほどは小梅が行ってくれた。行かないわけにはいなないのだろう。
「だめよ、あんまり織田君をいじめちゃ。」
小梅のすぐ側で糸瓜(へちま)の手入れをしていた『委員長』がおっとりとした口調で言う。
学習委員長ー湾 まこ (いりえ まこ)ーは天然のウエーブのかかった髪を真珠のようなビーズの髪留めで右に一括りしている。こうして見るとつくづく軍手の似合わない人だな、と雪霧は思う。
「織田君、今日は塾の課題が忙しいのに来てくれてありがとうね。」
「え、いやそんなに忙しかったわけじゃないよ…」
「そうです!宿題だってどうせサボってばっかりなんだから働かせないといけません!!」
すかさず小梅が横槍を入れる。何なんだこの子は。いつも元気だな。
「僕、水汲んでくる。二人とも少し休んでいなよ。」
雪霧は渋々ピンクの象を受け取るとなるべく日陰を選びながら校舎の裏へと消えていった。
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