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「なぁなぁ、なれるもんならなってるって言ってたけどさ。仮に生まれ変われたとしたらどんな美少女になりたかったの」
俗っぽい会話の延長。私の事を知ろうとしてくれているとは到底思えなかった。
「胸のサイズとかこだわりある人いるよな。ワンピとかキャラみんなスッゲェし。ヒロアカなんてみんなムチムチだし。あっ!それともきらら作品系で美少女百合とか?TS百合ってすげぇよな、最後まで癖たっぷりだもん」
性同一性障害として女の体に生まれてしまった君が、どのような人生を歩みどれだけ生きづらかったか知っている。だのに、君は軽々しくそんな言葉を吐くのか。
人間相手の観察眼には生前から優れている自信がある。だからこれはきっと、自分と同じ度合いでネタを知っているかどうかを適当に測ろうとしているんだろう。作品の名言だけで完結する、なんの生産性のないものに似てる。だが、楽しく時間を消化できるオタク同士の遊びの一貫。相手にネタが伝わらなくてもスベって悲しい思いをするかダイマ出来るかの二択なだけ。
「あれ、キヌ …さん?」
この子の場合は、元ネタがある既存知識をガワに被って自分を覆い隠してる。いや、自己の感情を起伏させることがない。隠せるほどのものを持ってないのかもしれない、とっくに壊れてるかもしれない。
もし私が医療に携わっている人間なのであれば、早急にカウンセリングを薦めている。それ程の"危うさ"を、培った人生経験と天使としての第六感がビシビシと訴えてきていた。
「もしも〜し、聞こえてますかぁ〜。CV早見沙織。」
15歳なんてまだまだ義務教育中の子供だ。もっとわかりやすい態度で示してくれていいし、上手な嘘の付き方だって分からない年頃だろ。なのになんで、目の前で面と向かって話せているのに画面越しで表情が分からないまま会話しているような感覚を味あわなきゃいけないんだ。
「失礼。真面目にどんな好みの女の子になりたいか考えてました。」
「上級紳士すぎて草」
「造作もない。私は生まれ変われるなら銀髪褐色赤目ツインテロリータになってお姉さんにヨシヨシされたいです。その時の自分の声帯は水瀬いのりでヨロ。聞いてるか我が主。ブラジルにいても聞こえますか。頼むぞマジで」
「ロリコンきっしょ。生きてて恥ずかしくないの?」
「生きてちゃ恥ずかしいから生まれ変わりが駄目で天使就職だったんじゃないですかね(適当)」
「このロリコン共め……!」
「はいはい、生きるな恥が役立たず。それで?そういう君はどうなんですか。転生とは言わずとも別世界で生まれ変わったようなものですが容姿の御要望に変更でも加えたいですか?」
「えっ今からでも変更きくんですか?!」
「保証期間は2年。クーリングオフ付きです。」
「スゲー!」
「嘘です。適当言いました。」
「適当なことしか言わねえのかこの天使」
軽薄な言葉のラリーが続くかと思いきや途切れる。目の前の子供は、悩んでまーす!なんて素振りを見せずに黙りこくっていた。何かを考えこんでいる風を装っている。
「もしTS出来たら、かぁ。そういや、考えたこともなかったな。とらの〇な とかでそういう同人誌見かけたことあるけど…」
要望の変更は特にないっす、と付け加えられる。
「性別ガチャに成功さしてもらっただけでありがたいんでね、俺は。」
嬉しそう、と捉えられる明るい口調。
無表情から変化なし。
考えたこともなかった、ですか。
妄想にうつつを抜かせるほど、人生に悠長な心休まる暇(いとま)が無かったんでしょう君は。
なんと、哀れな。
待て、同情するのはナシだ。それは、彼にとって何の得にもならない。
今のままではダメだ。彼の味方となって、彼から味方と、友人と思われて、そこでようやっとスタートラインに立てる。
幸福を知らない彼に、満ち足りた状況下で「幸せだ」と理解出来る感性を教えよう。
どれだけ時間がかかってもいい。それが、"普通""平穏"すら分からない彼が、新しい人生をより良く過ごせる大前提だろう。
我が主から仰せつかった対象との接触。目標の設定。達成のための順序。
順調に計算を組み立てていく。
さて、地球生まれ地球育ち一般通過天使。私の大冒険は遂に異世界にまで向かった。
これは、長旅になりそうだ。
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