第1章

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 私はブツブツと独り言のように文句を言いながら、彼の横について行った。  周りから見たら変なカップルだろう。背の高い彼に、小さな彼女。ジャージ姿の彼に、ドレス姿の彼女。本当にちぐはぐなカップルだ。  帰り道、彼はやたらと上機嫌だった。少し酔っぱらっているせいもあるのか、今日のフットサルで活躍したことを自慢するように話してきた。  いつもそうだ。私が気分が落ちているときに限って、彼が上機嫌だったりする。彼のテンションに合わせようとすればするほど、私の気分は落ち込んでいく。  今日もそうだ。私は、彼とのこれからについて悩んでいるのに、彼はきっとそんなことに気づきもしない。  「しかし、お前の友達も6月に結婚式しなくてもいいのにな」  彼が急に話の話題を変えてきた。  「知ってるか?ジューンブライドって、6月の花嫁っていう意味らしいんだぜ。ヨーロッパでは、6月に結婚すると幸せになれると言われてるんだ。しかし日本の6月は梅雨だぜ。梅雨で結婚式を挙げる人が少ないから、ウェディング業界が困ってヨーロッパから持ち込んだ戦略なんだぜ」  彼の知ったかぶりが癪に障る。なぜならこの話は、私が今日の結婚式の招待状を貰ったとき彼に教えた話だからだ。  いくら酔っぱらっていても、教えてもらった相手に自信満々に話す彼が信じられない。  私のイライラは沸点を超えた。私は文句の一つでも言ってやろうと思い、横にいる彼の顔を見上げた。  彼も私のほうを見ていた。彼の顔はドヤ顔だった。まるでシッポを振りながら近寄ってくる犬のように。  彼の顔を見て、私はますます苛立ったが、そのときある光景が目に飛び込んできた。    彼の右肩と右肩に担いでいるスポーツバックがずぶ濡れだった。  私は彼の顔から視線を外し、そのまま真上を見た。傘が彼の左側にいる私のほうに傾いていた。  私はさっきまで言おうとしていた文句の言葉をすぐさま飲み込んだ。そして自分一人で勝手に落ち込んだり、イライラしていたことが情けなくて恥ずかしかった。私はうつむき、黙って彼の横を歩いた。  私たち二人は、しばらく会話もせずに黙って歩いていた。傘にあたる雨の音だけだ響いていた。  しかし唐突に、彼が雨の音に紛れ込ますようにつぶやいた。  「もう、雨うっとうしいわ」  
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