マロの新たなる旅立ち

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 と弥三郎は思った。いつもの事なのだ。殿は常に和歌を心にかけていて、事あるごとにその場で思いついた和歌を詠み上げる。外出中馬に乗っていても、歌を思いつけばこうやって馬を止めて忘れる前に書き付ける。気分が向いた時は周りの者に聞かせて感想を求めるのだ。しかし、歌道に疎い弥三郎は氏真の口から出る音を追いかけるのが精一杯で、氏真の詠じる歌を咄嗟に言葉として理解する事もできない。 「闇雲に人を殺(あや)めるのはただの人殺しぞ。もののあわれを知り弓矢で争う前に道理を尽くすがまことのもののふよ」  今川家中ではそう言って和歌や文芸が奨励されてきたが、 (肝心の戦で負けてしまってはしょうがないじゃないか)  と弥三郎は内心口をとがらせたくなる。だがそういうお家柄だから仕方がない。  その点朝比奈弥太郎はうまいものだった。  今朝浜松を出立する時も、氏真は 「この歌はどうじゃ、弥太郎?」  と朝方に浮かんだ一首を披露して弥太郎に感想を聞いた。  峯の雪麓の霞中絶えて一筋続く明けぼのの山(1‐8)
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