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弥三郎がそんなやり取りを思い出していると、
「ありしのやまもわけまよいけりい……。どうじゃ、この歌は?」
氏真が下の句を詠み上げ、弥太郎に感想を求めた。
「霞の中を行く我らの旅路の様子をよく表しておりまする」
またも弥太郎は氏真の気に入りそうな事を言う。
「うむ、そなたもそう思うか。霞の中の道行きがなかなか風情あるものに思えてな、そう思っていたらこの一首が浮かんだのじゃ」
果たして氏真は弥太郎の言葉にまた機嫌をよくしたようだ。
朝比奈弥太郎泰勝は今川家の重鎮朝比奈家の出身だ。朝比奈家は今川仮名目録でも三浦家と並ぶ格式を認められ、京の公家中御門家から正室を娶って今川家と縁戚にもなっていた。七年前に甲斐の武田信玄と三河の徳川家康が共謀して今川家を攻めた時には、当主朝比奈泰朝は駿府から逃れてきた氏真らの軍勢を懸川の居城に受け入れて半年間防戦し抜いて、ついには家康との講和に持ち込むという活躍を示した。
その泰朝が亡くなる直前特に選んで氏真に近侍させたのが弥太郎泰勝だ。
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