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弥太郎は勇敢で頭もよく見目形もよいが、歌を巡る問答で氏真の機嫌を取る手並みは今川家で重きをなしてきた朝比奈家に代々伝わる秘伝の処世術か、天性の素質か、とにかく弥三郎には到底できない芸当だった。
そうこうしているうちに徒(かち)で後を追いかけて来た者たちも追いついてきた。皆一様にほっとした表情を浮かべている。彼らにとっては氏真が立ち止まると一息入れられるのでこの趣味は好ましく思えるらしい。
「では行くか」
氏真は満足そうに供の者を見回してからまた馬を歩ませた。弥太郎が再び先を進み、弥三郎が氏真に続き、徒の者たちが後に続く。
元旦の歌は我ながら平凡だったな。氏真は馬を歩ませながら思い出した。
春立といひつゝ年の越ぬれは重てけふや霞初(そむ)らん(1‐1)
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