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寝ぼけまなこの氏真は弥三郎の狙い通りの返事をくれた。
帰り道も一行は柴や薪を運ぶ里人に多く行き交わしたので氏真は面白がった。
「京の都は駿府より寒い故、燃やす物が沢山いるのであろうか。うむっ!」
薪炭もちて行かふ人さりあへす
世を渡る道は一に柴はこふをはらしつ原やせの里人(1‐58)
雨が降る前に宿に着きたいと思ったが、数町も歩くと冷たい冬の雨に降られてしまったので、引接寺(いんじょうじ)という寺に立ち寄って雨宿りに軒先をしばらく借りた。すると、
「うむ? 梅の香りがせぬか?」
と氏真が言い出した。しかし、近くに梅の木は見当たらない。
皆が首をひねっているが構わずに、氏真は言葉を続ける。
「主も分からぬ梅の香りを雨上がりの風が運ぶか……。うむっ! 一首浮かんだ。あめすぐるう、かぜのたよりにかよいきぬう、あるじもしらぬう、のきのうめがかあ……」
とうとうありもしないにおいがすると言い張って歌を詠みだしたよ。雨が上がるまでのつれづれにまた一首詠みたかっただけなんじゃないのか。
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