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「松尾神社に参詣したら帰りに西院(さいいん)と壬生寺に寄って行こう」
と言い出した。行く場所が増えるのは面倒だが、昨日までのように右往左往するよりはよほどよいと弥三郎は思った。
松尾神社に着くと、境内に入る前に氏真はいきなり
「うむっ! 一首浮かんだ。ちよをふるう、なもまつのおのお、かみやしろお、めぐみのすえもときわならなんん……」
と一首詠み上げる。弥太郎がすかさずお世辞を入れる。
「着くなり歌を思い付かれるとは、さすがは御屋形様にござりまする」
「そうか、うむうむ……」
何も見ないで名前にある松の一字をねたに歌をひねり出してるだけじゃないか、と弥太郎は言ってみたくなったが我慢する。
松尾神社には今日の手能を見ようと既に人だかりができていた。手能というのは玄人の猿楽師ではなく数寄者が演じる能の事である。さすがは京の都、身分を問わず能を嗜む者は多いと見えて、公家も武士も町人も老若男女が能舞台の前に集まっている。氏真も参詣もそこそこに能舞台へと向かった。
間もなく興行が始まり、巧拙様々な能を見る事ができたが、氏真はその中に意外な旧知の者を見つけた。
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