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皆慌てて支度して出立したが、例によって氏真は行き先までまっすぐに進んでくれない。途中上鴨神社に立ち寄ったり、松ヶ崎を散策したりしている内に時が過ぎて行く。
おまけに折悪しく弥三郎が腹を壊してしまった。氏真が方々をうろつくのが面白くなくて腹立ち紛れに道端になっていたへびいちごの実を摘まんで食べてしまったのが悪かったのかもしれない。弥三郎は便意を催して、
「申し訳ござりませぬが、それがしに構わず先に行って下さりませ」
と頼んだが、氏真は
「大切な家来のそなたを置いて行くわけにはいかぬ」
とこういう時だけ仏心を起こして放っておいてくれない。
そうこうしている内に、日は傾いて、とうとう市原のあたりで日が沈んでしまった。
「このあたりが市原と申すか。市とは名ばかり、人影もないのう。うむ、梅の香りがする。匂い立つ梅が人里であるしるしになるばかりか……。うむっ、一首浮かんだ。なのみしてえ、いちはらのべはひともなしい、さとのしるべにい、におううめがかあ……」
「お見事にござりまする! 梅の香りだけから歌を詠まれるお手並みは正に奇手百出!」
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