第1章

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時は移ろう。 恋人たちが願う早さかどうかはともかくとして、世間一般が考えるよりうんと早く、慎一郎と秋良は佳き日を迎えることになった。 仲人は、直属の上司ではなく、恩師で父の友人でもあった武がつとめることになった。 「懸命な人選だね」と上司の横山は頷く。 「武先生以上の適任者を自分は知らない。長年の恩返しにもなるだろう」 内心で冷や汗が流れた。 武が父親の旧友、かつ昔からの知人でなければ、今後、ここでの仕事はやりにくくなったことだろう。 「僕はいいんだけどさ」 改めて挨拶をしに訪問した学長室で武は言った。 「君のお父さんとは因縁のある付き合いだったし、うちの奥さんとも同級生だったしね」そう言いつつ、面白そうであった。 「支障ありそうだったら、横山君に振りなさいよ、今からでも遅くない」 武は、間もなくこの場を後任の横山に明け渡す。 「お気遣い、感謝します」慎一郎と一緒についてきた秋良もならう。 「挙式まで日もありませんので……」 「そっか」武はカラカラと笑う。 「あと数日だもんねー、いきなり振られても、横山君怒るか」 いや、自分は構わないのだよ、他ならぬ君の頼みなのだから。君の父上には大層世話になったし。しかし、今頃? 何故もっと早く、計画的に動けないのだね。だいたい君は―― くどくどと言う姿を想像する度に気が滅入った。 秋良は武と談笑し、笑いさざめいている。 まあ、いいか。 彼は気を取り直す。 彼女が笑顔でいられるのなら、それでいい。 どれほどの時間、武と話していたことだろう。 コンコンとノックする音がした。 この叩き方は。 慎一郎は振り返る。
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