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そこには三浦冴子がいた。
あら、と彼女は慎一郎と武、そして秋良に視線を送る。
「おじゃまでしたでしょうか?」
「いや、かまわんよ」こっちこっちと武は手招きする。
「僕もそろそろいなくなり時だからね、会えてよかった」
いいよね、とふたりに向かって言う。断る理由はない。
「それは私の台詞です」
三浦は申し訳なさそうに言葉を継いだ。
「先生が仰った通りのことになって。今日はお詫びに――」
「ああ、いいよ、そのことなら」
「いえ、正式に席を用意して下さったのに、私の方から辞退しましたから……。お詫びも遅くなってしまって」
「仕方ないさ。カナダだっけ? あっちに腰据えるんでしょ」
はい、と三浦は頷く。
「結婚したんだってね」
「……はい」彼女はちらりと慎一郎達を横目に見た。
「主人はカナダから拠点を動かすことはしばらくないと思います。スポンサーの意向もありますし、息子も現地での生活を望んでいます。それに――」
一旦言葉を切り、小声で付け足した「私の方も、あちらに残った方が良い事情ができましたので……」
「もしかして、おめでたい話?」
武は大声であっけらかんと言った。
武からすると、『良い事情』イコール『おめでたい』という、ざっくりとした意味だったが、言われた方は拡大解釈をした。赤くなってうろたえる。
「おやー、本当におめでたなの?」
「あっ……あっ? いえ、そのう……」
「そりゃおめでとう!」
ばんざーい! と諸手を挙げ、武は話を締めくくった。
「どこにいても僕の生徒だったんだから、いつだって最善を尽くしてくれると信じてるよ。君たち生徒は僕の宝、子供たちなんだからさ。困った時はいつでも相談しにきなさい」
力になれるかどうかは約束できないけど? といかにも武らしく、飄々とした言いっぷりで。
しかし、彼の教え子達は知っている。彼の元で学んだ者で、少なからず武の薫陶を受けた恩恵にあやかれなかった者はいない。
学びの場での父は我が子たちを多数世に送り出した。今後も子供たちを見守り続けることだろう。
武の元を辞した二人に、三浦は声をかけた。
「少し、時間をとれる? よければお二方に」
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