第1章

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そこには三浦冴子がいた。 あら、と彼女は慎一郎と武、そして秋良に視線を送る。 「おじゃまでしたでしょうか?」 「いや、かまわんよ」こっちこっちと武は手招きする。 「僕もそろそろいなくなり時だからね、会えてよかった」 いいよね、とふたりに向かって言う。断る理由はない。 「それは私の台詞です」 三浦は申し訳なさそうに言葉を継いだ。 「先生が仰った通りのことになって。今日はお詫びに――」 「ああ、いいよ、そのことなら」 「いえ、正式に席を用意して下さったのに、私の方から辞退しましたから……。お詫びも遅くなってしまって」 「仕方ないさ。カナダだっけ? あっちに腰据えるんでしょ」 はい、と三浦は頷く。 「結婚したんだってね」 「……はい」彼女はちらりと慎一郎達を横目に見た。 「主人はカナダから拠点を動かすことはしばらくないと思います。スポンサーの意向もありますし、息子も現地での生活を望んでいます。それに――」 一旦言葉を切り、小声で付け足した「私の方も、あちらに残った方が良い事情ができましたので……」 「もしかして、おめでたい話?」 武は大声であっけらかんと言った。 武からすると、『良い事情』イコール『おめでたい』という、ざっくりとした意味だったが、言われた方は拡大解釈をした。赤くなってうろたえる。 「おやー、本当におめでたなの?」 「あっ……あっ? いえ、そのう……」 「そりゃおめでとう!」 ばんざーい! と諸手を挙げ、武は話を締めくくった。 「どこにいても僕の生徒だったんだから、いつだって最善を尽くしてくれると信じてるよ。君たち生徒は僕の宝、子供たちなんだからさ。困った時はいつでも相談しにきなさい」 力になれるかどうかは約束できないけど? といかにも武らしく、飄々とした言いっぷりで。 しかし、彼の教え子達は知っている。彼の元で学んだ者で、少なからず武の薫陶を受けた恩恵にあやかれなかった者はいない。 学びの場での父は我が子たちを多数世に送り出した。今後も子供たちを見守り続けることだろう。 武の元を辞した二人に、三浦は声をかけた。 「少し、時間をとれる? よければお二方に」
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