第1章

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◇ ◇ ◇ 「ごめんなさい」 彼女はぺこりと頭を下げた。 「いろいろ振り回して、迷惑かけたわ」 「もう終わったことだ」 「そう言うと思った」 にい、と三浦は笑顔を見せた。 「ホント、張り合いがない。あんまり物わかり良すぎても面白みなくて、女に振られるわよ。ねえ、そう思うでしょ、あなた」 秋良をチラ見する。 ええ、とも、はあ、とも返せず、秋良は珍しく返答に迷った。 「私ね、思い出したの」 秋良の方に顔を近づけ、三浦は言った。 「どこかで会ったなあー、ってずっと気になってたの。ディックも同じこと言うのよ、帰ってから二人でどうしてかしらね、って言い合ってたの」 「博士とはアンカレッジからご一緒しましたから、そのことをおっしゃっているのでは」 「ううん、それより前よ。もう何年前になるかしらね、日本へ帰る便の機内だったと思うの。酔漢がいてね、ひどく乗務員に絡んでいて。その人、いやな雰囲気になった機内で気丈に応対してた。客にお酒かけられてもにこにこしてちっとも取り乱したりしないの。まわりの日本人達は見て見ないフリ。いくじなしばっかで、見てられなかった」 秋良は顔を上げ、慎一郎も彼女と視線を交わす。 「あなただったのね」 「――乗っていらしたんですか」 「私、ハラ立っちゃって口だそうとしたら、止められたの、隣に座ってた人に。自分が代わりにするから、って」 「ええ、助け船を出してくれたお客様がいました」 「それね、ディックよ」 「え?」 「それまでぐーすか寝てたのよ、でもぱっちり目を開けて。いい加減にしたまえ、って立ち上がって。あの図体だからヨッパライも黙ったのよね。尾上君、いくら彼女を独り占めにしたいからって家の中に閉じ込めるようなことしちゃだめよ、日本人の男は結婚したら女は家庭に、が当たり前だって思うもんだから」
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