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「君に言われるまでもない」彼は答える。
「彼女は自分らしく生きる術を知っている。私は見守るだけだ」
「ああ、そうですかー。心配した私がばかでした。もう聞いちゃいられない」
「落ち着いたら、カナダへ来て。ディックもジョンも大歓迎するわよ。だって尾上君のおかげで私はディックと会えたようなものだから」
「それがわからない。私が何をした? 君もジョンも忘れたのかと聞くが、何のことか皆目見当がつかない」
「本気で言ってる?」
「もちろん」
「あなたにとってはその程度のことだったのね」
ふうと三浦はため息をついた。
「いいわ、教えてあげる。いつだったか、子供の頃の話をしたことがあったわ。お母さんに連れられて方々に出かけた。近場だったり、遠かったり。外国にも行った、って。そこで見たシャチの姿が忘れられないって言ってた。私聞いたのよね、『見せてくれる?』って。そしたら、あなた『ああ』って答えたの」
「記憶にない」
嘘だった。
確かに口にした。三浦との寝物語の時に出た話題だ、ここはすっとぼけるしかない。
三浦の目がきらりと光る。その眼差しは『嘘でしょ』と満足そうだった。
「他愛無い口約束を真に受ける程、私も初心じゃないわよ。ジョンがまだ小さかった時かな、彼に見せたいなと思ってね、出かけたの。シャチのコロニーがあるところを調べて、知り合いを総動員して研究者を紹介してもらって。それがディックだった。びっくりしたわよ、以前隣の席で座ってた人じゃないの。彼も覚えていてくれてね。そこから息子ぐるみのお付き合いが始まったの。彼がその筋では有名すぎる学者だと知ったのは後になってからだけど、出会うきっかけを作ったのは尾上君から話を聞いたからだわ。人の縁って、どこでどうもつれて繋がるかわからないものよね。これでもあなたには感謝してるつもり」
じゃあね。
そう言うように、三浦は手をひらひらと振って二人に背を向ける。
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