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「ピィーーーー!」
前半の終わりを告げる長いホイッスルが鳴り響いた。
スタンドに座っていた倉橋美咲と田辺誠一郎は深いため息を吐いて、手にしていたメガホンをイラつかせながら両手の間で何度も繰り返し叩いている。
目の前を選手達が引き返してくる。
その中に一人、美咲と誠一郎の顔馴染みの選手がいた。
川崎徹平である。
高校一年の終わりに巻き込まれた交通事故の影響で、数か月の間、記憶と共にサッカーを忘れていた。
その間、何かと記憶を戻そうと手を貸してくれたのは他でも無い、誠一郎と美咲、それに所属チームに戻って行ったプロサッカー選手、ジュニオールのお陰と言える。
倉橋美咲は控室に戻って行く徹平を見つけると、思わずスタンド席を立ちあがり、近くまで駆け寄って行った。
「徹平!まだ終わって無いでしょう!後半は絶対に本気を見せて!」
美咲の声は徹平には聞こえている。しかし、今の徹平にはその状況をどう打開すれば良いのかが見えていなかった。
「任せて・・・」
徹平は心許無い声で美咲の気持ちに言葉を返す。
「徹平!!」
美咲のその言葉を耳に残しながら、真っ暗な建物中へと歩を進める。
徹平が真っ暗と感じたのは決して、灯りが点いていないからとかでは無い。そう徹平の心が感じさせているのだ。
前半40分の試合で相手に2点を奪われた。対して、徹平達のチームは無得点に抑えられている。これを打開する為に、徹平はありとあらゆる手を尽くしたと思っている。
『自分は精一杯やっている・・・』
そう、心の中で何度も何度もロッカールームに入るまで繰り返し呟いた。
ロッカールームに入ると、まずは監督から激が飛ぶ。その的となるのはいつも徹平だった。
「川崎!もっと周りをよく見ていけ!それと周りの選手との距離を考えろ!良いな!」
監督の言う事は正しい!正しいからこそそれを実践しているつもりではあった。
が、結果は・・・。
「守備陣はもっとラインを統制しつつ、高めに取れ!サイドはボールを左右に動かして行くことを意識しろ!良いな!!」
「はい!」
「よし!残り後半40分!何としても逆転して勝つぞ!」
監督の激が終わる。次に先輩の3年生や他の選手からいろいろと細かい打ち合わせが始まる。それを一つ一つ自分の中で処理をしていくが、実際のゲーム中にそれが本当に役に立つのか・・・?
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