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「お兄ちゃん、柳ヶ瀬さんを、コキ使い過ぎじゃない?」
ベッド脇のパイプ椅子に座り、美純が言った。
自分で持ってきたシュークリームに、がぶりとかぶりつく。
退院まであと数日という頃。
豪太は読んでいた本から目を上げた。
「そんなことはない」
「だって、すごく忙しそうだったよ。昨日、会ったら、」
「お前、あの人と会ったのか!」
美純をさえぎり、豪太は問い質した。
「いつ? どこで!」
「だから昨日。お兄ちゃんちで」
口の周りにホイップクリームをつけた顔で、美純が、にまあ、と笑った。
「なんだよ、お前。うちに何の用があって! つーか、あの人、いったい何を……」
「彼は、お兄ちゃんの本を取りに来てたんだよっ! 頼んだんでしょ、お兄ちゃんがっ!」
「ああ確かに……、おい、彼、なんて言うな! 柳ヶ瀬さん、って言え。で、お前はっ!?」
「あー、うるさいうるさい。私はね、お兄ちゃんの着替えを取りに行ってあげたの。まさか柳ヶ瀬さんに、そこまで頼り切ってるとは思わなかったから!」
「別に、頼ってるわけじゃ……」
「だって、毎日、呼びつけてんでしょ。大した用もないのに」
「……あの人がそう言ったのか?」
「違う。でも、月曜日と水曜日に行って、火・木・金に呼び出されたら、それ、毎日じゃん。週末も来たんでしょ」
つまり、遼は、誘導尋問に引っかかったのだ。
美純ごときの。
単純なのは知っていたが、そのうち誰かに騙されるのではないかと、本気で心配になった。
口の周りを舐め、美純は再びシュークリームに齧りつく。
「お兄ちゃんったら、頼り切って、甘えてんじゃん。柳ヶ瀬さんの優しさに付け込んで。まったく、どーしよーもない……」
「あの人は、優しくなんかないぞ」
真面目な顔で豪太は指摘した。
指についたクリームをなめながら、美純がじろりと睨む。
「何言ってんの。優しいじゃん」
「優しいわけないだろ。あんなひねくれた男、今まで見たことがない」
……でも、扱い方を間違えさえしなければ、素直でかわいい人なんだ。
もちろんそんなこと、美純に教える気はない。
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