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その夜、遼は、面会時間終了ぎりぎりにやってきた。
慌ただしく、ベッドサイドの収納に持ってきたタオルを詰め込むと、立ちあがった。
「もう帰るの?」
「当り前だ。怖い看護師さんに叱られる」
だが、珍しく、愚図愚図している。
やがてため息をつき、カバンから何かを取り出した。
ミッフィー柄の包装紙でラッピングされている。
むっとしたように口をへの字に結び、無言でそれを、豪太に突き出した。
「くれるの?」
尋ねても答えない。
無愛想な男と、かわいらしいウサギの取り合わせが、似合わないようでいて、妙にしっくりなじんで見える。
豪太は受け取り、包装紙を破らないように、丁寧に包みを開けた。
『憲法』と書かれた本が出てきた。
豪太のカバンに入っていて、彼を致命傷から救った、あの本だ。
「お前の大事な本だったと聞いた。法律を学び始めるきっかけになった本だ、って。お前が持ってた本は、もう読めなくなってしまったけど……」
よそを向いたまま、遼がぼそりと言った。
「これ……柳ヶ瀬さんが?」
「ネットで注文したら、時間がかかった。本当はもっと早く渡したかった。入院中にじっくり読み返せるように」
「柳ヶ瀬さん……」
「本があって、よかった。もしなかったらと思うと……。お前、俺のせいで、そんな怪我を……」
苦しそうに言い淀んでいる。
「……俺のせいで……、お前だけじゃない。加害者の女性の人生を狂わせ、前園にも、ひどい目に遭わせた。何より、お前のその傷……俺……、俺なんかをかばって……、馬鹿だよ、お前。本当に馬鹿だ」
途中からうつむいてしまった。
声が震えている。
豪太の脳裏に、美純と見た、白いきれいなつむじが蘇った。
……まことに申し訳ありませんでした。
そう言って、遼は、美純と豪太の前で深々と頭を下げた。
……あの時の、痛いくらい真剣なまなざし。
遼が、大きく息を吸った。
肩を震わせている。
泣きたい気持ちを、必死で呑み込んでいるのだと、豪太にはわかった。
二人とも、しばらく無言だった。
やがて、下を向いたまま、遼が、ぼそぼそとつぶやいた。
「それからな。そのラッピング、それは俺が選んだんじゃない。店側が勝手に……」
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