最悪の出会い

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 「私のお尻に触ったのは、間違いなく、この手ですっ!」 若い女性の金切り声が響く。  人が集まってくる。彼と女性を遠巻きにしている。  刺すような視線が、痛かった。  「俺は、この女性に、触ってなんかいないっ!」  必死で身をよじり、女性から逃れようとした。  ……それにしても、なんて馬鹿力なんだ。  ……女性が、か弱いってのは、大嘘だな。  右手の先は痺れ、血が通うことを止めてしまったみたいだ。  「痴漢だ、痴漢だ」 「駅員を呼べ!」 「警察もだ!」 野次馬の中から声があがった。 「だからしてないって!」  むっとして、遼も叫び返す。  「嘘つき!」 女が金切り声をあげた。  無責任に賛同する声があがった。  遼の言い分に耳を傾ける奴はいない。  ……前に会社で、危機管理について研修があった。その中に、痴漢冤罪への対処法があったはず。  遼は、必死で頭を稼働させた。  ……そうだ。  ……示談!  つまり、素直に罪を認め、決して、刑事事件に持ち込むなと。  ……ん?  ……でも俺、何もしてないし。  もめると不利になるばかりだと、講師は言った。 「ひいては、会社の評判にも傷がつきます」  ……それって、会社に有利なだけじゃん!  なすすべもない。  こうして無実の罪を着せられるのか。  今さらながら、恐ろしさが実感となって襲ってきた。背筋の毛が逆立った。
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