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駅員が駆けつけると、ようやく女性は手を離した。
遼の右腕には、赤い痣ができていた。
彼女は、目から憤怒を、まっすぐに照射してきた。やましいところが一点もないにもかかわらず、心臓が縮みあがりそうな怖い目だった。
客観的には、眼鏡をかけた学生風の、生真面目そうな女子だ。
「駅員さん、この人、私を痴漢したんです……」
そういうと、わっと泣き崩れた。
野次馬の中から、トレンチコートを羽織った中年の女の人が出てきた。
優しく何かささやきながら、くずおれた体を支えてやる。そうしながら女の人は、顔だけあげて遼をにらみつけた。
「いやだから、俺は何もしてな……」
「見苦しいぞ!」
「そのコは泣いてるじゃないか!」
「なんて卑怯な……」
集まった人の輪から、罵声が飛んだ。
遼の味方は、一人もいなかった。
「事務所に来て下さい」
言葉尻だけ丁寧に言って、駅員が腕をぎゅっと掴んだ。
絶体絶命。
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