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「ちょっと!」
女の子は短く叫んだ。自分を抱いていた中年女性の腕を振り離す。
そして、びしっと、青年を指さした。
傍から見ていても震えてしまうほど、怖い形相をしていた。
「あなた、一体なんなのよ!」
「ドアの近くから、僕、見てました。柳ヶ瀬さんは吊革に両手で捕まってた。あれであんたの尻に触れたとしたら、手が三本あるとしか思えない」
「確かに、この人、ふらふらしてたわね。そうそう、前に座ったオジサンが居眠りしてて、前のめりになってたわ。だから、この人、通路側にはみ出してた」
遼の傍らで、小柄な女性がつぶやいた。スマホを手にしている。電車の中からずっとついて来た人だ。
「混んできたのに少しも奥に詰めてくれなくて迷惑だったけど、あれは……」
青年は、大きく頷いた。
「眠ってたからですよ。両手で吊革にぶら下がったまま、うつらうつらしてました。今にも膝かっくんしそうだった」
「離れた所にいて、何がわかるというのよ! だいたいあなた、あなたはこいつの知り合いなんでしょ? 知り合いだから、かばうんでしょ!」
怒り心頭と言う風に、眼鏡の女性が叫び返す。
人々の上にざわめきが走った。
「僕は……」
言いかけて青年は言葉を切った。
すぐに顔をあげ、傲然と続けた。
「柳ヶ瀬さんが女性を触るなんて、そんなこと、するわけないです。絶対、ありえない。なぜなら……」
次の瞬間、彼がしたことは、遼にとっては、……いや、遼だけではなかろうが……実に全くもって、思いもかけないことだった。
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