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「金は?」
「ここで金なんて無意味だろう」
「酒が飲めればそれでいい」
「腕が鈍るから、酒はやめろ」
「鈍らないね。むしろ、余計なことを考えないで済むから精神的に助かるんだ。酒はおれにとっての精神安定剤だね。それにしてもよく旦那は、助けようとしても助からない患者を山のように見ていながら同じことをくり返していられるもんだ……おれだったら気が狂っちまう」
「もちろん、気が狂いそうだとも。だが仕事だからそうも言っていられない」
「仕事って、あんた、ここに死にに来てるようなもんだよ。送り込まれた時点で、死がほぼ決定している」
「そんなこと知っている」
「死ぬのがわかっていて、なぜ働くんだ?」
「それがおれの仕事だからさ」
「死ぬまで仕事か。そりゃあ働き者だねえ……おれには真似出来ねえ」
「真似しろとは言っていない。手伝ってくれと頼んでいるんだ」
「あんた、頑固だなぁ……だからここへ来たのか……いったいなんの目的があってやっているんだか、さっぱりだ」
「目の前にいる患者に全力を尽くすだけだ」
「教科書みたいな人間だね、あんた」
「お前だってそうだろう。見えないところで、患者を看病している」
「さあ、どうかね……見えないところなんだから、見えないんだよ。そして死んでるんだから、どうしようもないさ」
「やっていることには変わりないよ。その気持ちも」
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