夏の夜の夢

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「…『マツモトさん』じゃ嫌だ」   不意に、耳元を声が通り過ぎる。   「ひとりぼっちだったんだよ」    いつになく、頼りない声。 もしもその口が耳元にないならば、そよ風にさえ掻き消されるほど。 僕の狼は、一瞬で闘志を失った。 そのくらい、消え入りそうな声だ。   「加トちゃんペ」   マツモトさんにだけ許した、秘密の呼び名。   ─ペ。   間が抜けているのに、とても温かい呼び名。   「ユミちん、もう少し寝る?」   僕だけに許された秘密の呼び名。   ─ユミちん   普段は照れ臭くて、口にするにはあまりにくすぐったい。     「私、ペが好き。アイシテル」   胸の真ん中にずしんと突き刺さる言葉なのに、何故だか幸福感よりも哀しさが勝っている。 思ってもみない言葉だ。 …正確には、何度も妄想していたけれど、どの妄想とも一致しない、変な感覚だった。    妄想の中で何度も練習したセリフを、勢いに乗せて口にしてみる。   「僕もだよ。ユミちん、僕もユミちんが好き。アイシテル」
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