0人が本棚に入れています
本棚に追加
「…『マツモトさん』じゃ嫌だ」
不意に、耳元を声が通り過ぎる。
「ひとりぼっちだったんだよ」
いつになく、頼りない声。
もしもその口が耳元にないならば、そよ風にさえ掻き消されるほど。
僕の狼は、一瞬で闘志を失った。
そのくらい、消え入りそうな声だ。
「加トちゃんペ」
マツモトさんにだけ許した、秘密の呼び名。
─ペ。
間が抜けているのに、とても温かい呼び名。
「ユミちん、もう少し寝る?」
僕だけに許された秘密の呼び名。
─ユミちん
普段は照れ臭くて、口にするにはあまりにくすぐったい。
「私、ペが好き。アイシテル」
胸の真ん中にずしんと突き刺さる言葉なのに、何故だか幸福感よりも哀しさが勝っている。
思ってもみない言葉だ。
…正確には、何度も妄想していたけれど、どの妄想とも一致しない、変な感覚だった。
妄想の中で何度も練習したセリフを、勢いに乗せて口にしてみる。
「僕もだよ。ユミちん、僕もユミちんが好き。アイシテル」
最初のコメントを投稿しよう!