プロローグ

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「泣くなよ。」 「泣いてない。」 「泣きそうになってる。」 駅のホームでのこんなやり取りを何回繰り返してきたんだろう。 同じ日本なんだから、会おうと思えば会えるのに。 そうは思うけど、会いたくなったからって、仕事を放り投げて会いに行けるわけないし。 いつだって会いたいと思ってるんだから。ずっとこうして手を繋いでいたいって思ってるんだから。 遠距離じゃなくたって離れてしまうのは辛いんだ。 「ほら、来いよ。充電。」 両手を広げた彼が優しい目をしている。 わざとドンと体当たりするようにして、その胸に飛び込む。 ギュウッと痛いぐらいに抱きしめられて、痛んだのは身体よりも胸の奥の奥。 ずっとそばにいたいのに。 1秒だって離れていたくないのに。 チュッと掠めるように重ねられた唇。 いつもの濃厚なキスと全然違うのは、駅のホームだから。 照れ屋の彼が、公衆の面前でキスをするなんて凄いことで。 それが嬉しいのか切ないのか、また胸がキュッと痛くなる。 発車を告げるメロディーが流れると、ビクッと身体が揺れてしまうのはいつものこと。 「行ってきます。」 「行ってらっしゃい。身体に気を付けてね。」 彼の家はもう東京にはないのに、いつも『行ってきます』と言ってくれる。 まるで、私が彼の帰る場所みたいに。 早くそうなればいいのに。 聞き分けのいい振りをしてさっと手を離すと、彼は新幹線に乗ってしまう。 一緒に行きたい。 プシュッという音とともにドアが閉まって発車する。 一緒にいたい。 目で必死に彼の姿を追うけど、あっという間に見えなくなる。 途端に胸を覆うのは、真っ黒い雲のようなどうしようもない不安。 私たち、大丈夫? 会えない時間や距離が愛を育てるだなんて、信じたいけど信じられない。 ねえ、私たち、大丈夫かな?
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