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「今、帰った。」
亘からの電話が来たのは、出張3日目の夜だった。
「お疲れ様でした。」
私がそう言ったのは型通りの挨拶じゃない。本当に疲労困憊という声だったから。
「うん、疲れた。でも、これから研修リポート書かないと。明日、7時半な。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
亘の早口に圧倒されたまま電話を切った。
疲れているのにリポート書かなくちゃいけなくて、私がリストラにあったことは忘れているのかもしれない。
もしかして忙しくてメールを見落としているとか。
自分を納得させることをいろいろ考えたけど、何だか空しい。
私って、亘にとって何だろう。ただの目覚まし時計?
それから、私の退職について亘と話すことはなかった。
毎晩、『飲んで帰る』というメールが来るか、疲れたと言ってそそくさと電話を切られるかどちらかだった。
初めのうちこそ何とか退職のことやプロポーズされたことを切り出そうとした私も、だんだん話そうとする気さえなくなっていった。
亘は自分のことばかりで私の話を聞こうとしない。
以前はそんなことなかった。
どんなに疲れていても、『今日はどうだった?』と話を振ってくれて、仕事の愚痴も聞いてくれていた。
亘の様子が変わったのは明らかに今回の出張からだ。
亘の心境に変化があったとしか考えられない。
退職までのカウントダウンは、そのまま亘との別れへのカウントダウンのような気がした。
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