無事ならいい

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私が勤める佐藤印刷は小さな会社だ。 1階には印刷機と車庫があり、2階には事務室と応接室がある。 その事務室で事務全般をやり、応接室で顧客との打ち合わせをするのが私の仕事だ。 ”顧客との打ち合わせ”と言っても、大半のお得意様とは営業の人が先方に出向いて打ち合わせする。 うちの会社に来るのは専ら小口の顧客だ。 近所の商店のチラシとか小中学校の広報紙とか。 今朝も朝一で小学校のPTAの広報委員から、3校目の修正依頼の電話が来た。 それを1階の印刷の長倉さんに伝えて、2階に戻って何本か電話の応対をしたところで気づいた。 1か所伝え忘れたと。 広報紙の最後のページの編集後記の文字を白抜きにすること。 ガタッと立ち上がった私を同じ事務の望月さんがビックリ顔で見た。 ダダダッと下りて長倉さんにストップと叫んだ。ギリギリセーフ。 「どうした? おまえらしくもない。」 「すみません!」 長倉さんに深々と頭を下げた。 危なかった。 あとちょっと気づくのが遅かったらと思うとゾッとした。 うちは小さい会社だから、紙だってインクだって少しも無駄に出来ない。 最後のページは表紙と繋がって1枚になっているから、最初に印刷されてしまうところだった。 『おまえらしくもない』と長倉さんが言ったように、こんなミスは新人の頃に1度したきりだ。 どうかしている。 昼休憩に入ってすぐ、私は携帯をチェックした。 亘からは電話もメールも届いていない。 亘、どうしちゃったの? いつもならお昼の時間が日によってまちまちな亘に、電話なんかしない。 仕事中だったら悪いからだ。 でも、今日は心配で心配で居ても立っても居られなかった。 『おかけになった電話は~』 今朝と同様にドコ○のお姉さんの声がして、フラッと足元がふらついた。 どういうこと? 仕事中に携帯の電源を切ったままにしておくなんて。 もう嫌な予感しかしない。 夜中に急変して病院の救急に駆け込んで、そのまま入院した? それならまだいい。 もしかして、部屋で倒れたまま? もしも亘に何かあったとしても、私のところに連絡が入ることはない。 どんなに心配していても、家族じゃないから。 ただの恋人だから。
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