第1話

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私はすっかり混乱していた。 早苗先輩の話はどれも、私の知らないことばかりで、 すぐに「はいそうですか」と信じる気持ちにはなれなかった。 「驚くのも無理ないよ…。 工藤が瑞月ちゃんのためにと思って、 色々隠してたのが、裏目に出たんだね」 「主任が?」 「そう。私も口止めされてたし、フォローも頼まれてんの」 そう言って優しく微笑んでウィンクした早苗先輩が、 ウソをついているとは思えなかった。 「工藤が佐々木さんに、 『瑞月ちゃんのこと狙ってるから協力してくれ』って頼んだの。 だから佐々木さんは告白もさせてもらえなかった。 佐々木さんの気持ちに薄々気づいてた工藤が、 告白される前に先手打ったんだ。 じゃないと、 自分が瑞月ちゃんに近づけなくなるから。 まあ、佐々木さんの方も、 協力することで工藤と親密になれるかもって、 下心くらいあっただろうけど」 「そ…んなこと、私、全然、知らない。 工藤主任も、栞も、何も…」 「言うわけないでしょ! 佐々木さんにすれば面白くないわよね! 恋も仕事も持って行かれて、 挙句に別れましたって言われて、」 「っ!私、そんなつもりじゃ! どうしよう、早苗さん! 私、栞に謝らなくちゃ、」 「やめときなさい」 「でも!」 「何て言って謝るの? 何言ったって、余計に佐々木さんを怒らせるだけだよ?」 「そんな…。じゃあ、どうしたらいいんですか?」 「とにかく今日は帰った方がいいわ。 工藤のファンの子達が、 このまま黙ってるとは思えないもん。 タイミングの悪いことに、アイツ出張で留守だし、 守ってくれる人誰もいないんだよ?」 「…わかりました」 「私にできること、あったら言ってね」 「ありがとうございます」 「そうだ!瑞月ちゃん、まだ夏休みとってなかったでしょ?」 「え?あぁ…」 「ちょうどいいじゃない! ほとぼり冷めるまでってわけにはいかないかもけど、 実家でのんびり過ごして、帰ってくるころには、 ちょっとはこっちも落ち着いてるわよ!」 実家、かぁ。 その言葉が、心にまた別の影を落とす。 だけど、このまま東京にもいたくなかったから、他に選択肢はない。 結局、私、どこにも行くところがないんだって、そう思った。
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