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「あのリーダーっぽい人。ここに入って来た時、一番入口近くにいたおばあさんや、次に進行方向にいた妊婦さんを避けて、敢えてヒョロヒョロの学生を人質に取ったでしょ? 微塵も迷わずに」
「そう言えば、そうだったな。それが?」
「咄嗟にそんな騎士道精神を発揮できる人間は、結構好きなのよ。どう? 私の言う通りにすれば、ひょっとしたら逃げられるかもよ? もし失敗しても捕まるだけ。このまま手をこまねいていても、同じでしょう? 私に賭けてみない?」
そんな事を持ち掛けると、さすがに戸惑いと疑念に満ちた口調で言い返される。
「あんた、何を言ってるんだ? そんな事をしても、あんたには何の得も無いだろうが」
「警察内部、特にここの管轄の関係者に、嫌がらせしたい人間がいるの。そいつに一泡吹かせる為に、この騒ぎに便乗したいだけよ」
淡々とそう言ってのけた貴子を相手は少しだけ凝視してから、掠れ気味の声で応えた。
「……宇田川さんと言ったか?」
「ええ、宇田川貴子。でもあなたの名前は聞かないし、顔も見ないわ。その方が、あなた達も安心でしょ?」
ウィンクしながら貴子が言えば、布地越しに笑う気配が伝わった。そしてすぐに真剣な声音になる。
「分かった。話を聞かせてくれ」
「時間が無いわ。一回だけ言うから、良く聞いて頭に叩き込んで。そして他の人質に気取られない様に、仲間全員に伝達して欲しいの。それから仲間の中に、前科がある人はいる?」
「いない。それは保証する」
「それなら、もし痕跡が残っても、照合できないから大丈夫。これから一生、警察のお世話にならずに過ごしてね。それと、この支店を選んだのは融資を受けているからとか、現金輸送担当者と関係があるからとか?」
「いや、仲間の一人が、ここの行員のブログを見て決めたとか言っていた」
「どんなブログを作ってるの……。でもそれなら、関係者から足が付く心配も不要ね。それから電気工事や配線作業に詳しい人は?」
「それなら居る」
「益々、好都合。それなら、まずは……」
それから貴子は時間を惜しむ様に、今後の段取りを順序立てて相手に語って聞かせた。
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