第9章 貴子の暗躍

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 二十分程で貴子が見張り役の犯人とロビーに戻ってきた後、他にもトイレに行きたい者、常備薬を飲みたい者など申し出た者は、一人ずつ見張られながら移動する事になった。貴子が注意深く観察していると、直接話をした一番小柄な犯人が一人ずつ仲間を捕まえて扉の奥に消え、一時間しないうちに全員に貴子の考えが伝わっただろうと見当を付ける。 (おじいさんから、犯人全員に話が伝わったわよね? さっきから私の方をチラチラ見てるし。でも帽子で視線は良く分からないし、他の人達と固まって一緒に居るから、周囲には怪しまれてはいない筈)  そこで貴子は計画の第二段階に進む事にして、近くに座っている妊婦ににじり寄り、声を潜めて話しかけた。 「大丈夫ですか? そのお腹だと、まだ臨月では無さそうですが」 「はい。今、三十三週です。取り敢えず大丈夫です」  若干青ざめた顔付きながら気丈に返してきた女性に、貴子は軽く頷いて周りの女性達に意見を求める。 「でも、こんな時にこんな所で何かあったら。取り返しがつかない事になりかねませんよね?」 「それは確かに」 「本当に、そうですね」 「すぐ解放されれば良いけど」 「大丈夫かしら?」  周囲も懸念する表情になったところで貴子は僅かに身を乗り出し、更に声を低めて提案した。 「皆さん。ここは一つ犯人を騙して、こちらの方だけでも先に出て貰いませんか?」 「え、えぇ?」 「犯人を騙すって!」 「先にって」 「しっ! 声が大きい!」 「すみません……」  思わず声を上げた面々を貴子が鋭く窘め、犯人達が何事かと視線を向けてきた為、その場は静まり返った。そして再び犯人が他の方に視線を移すと同時に、貴子が再び説明する。 「取り敢えず皆さんが話を合わせてくれたら、何とかなると思うんです。犯人は男性でしょうから、こういう事には詳しく無いでしょうし。もし警察官が突入してきて乱闘になったりしたら、他の方はともかく妊婦さんには危険過ぎます」  その危険性を口にすると、ここが職場である行員を中心にあっさりと意見が纏まった。 「それは確かに」 「この支店内で、お客様に万が一の事などあってはいけません」 「不可抗力とはいえ、できるだけの回避方法は取るべきですね」 「宇田川さん。どうすれば良いですか?」 「こんな風にしたら、どうでしょう?」  そして少しの間ボソボソと女同士での密談が続き、早速行動に移る事になった。
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