第9章 貴子の暗躍

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 互いに真剣な表情で頷いて十数分後、救急車のサイレンの音が微かに店内に聞こえてきたのとほぼ同時に、その到着を知らせる電話がかかってきた。そして犯人に促され、倉庫から持って来たらしい台車にお腹の大きい彼女を座らせ、貴子がゆっくりと出入り口に向かって押し始める。  犯人にシャッターを台車が通る程上げて貰い、「十分で戻れ」と言われて外に出た二人は、通りの向こう側にひしめき合っている警察とマスコミ、加えて野次馬の集団を認めて、思わず息を飲んだ。 「凄い人だかり……」 「立てこもり事件なんて、そうそうありませんからね」  小さく苦笑した貴子は、横のスロープに台車を向けながら注意を促した。 「じゃあ、行きますよ? 少し揺れると思いますから、取っ手を握っていて下さい」 「分かりました」  そして周囲からライトを浴びせかけられ、注目を浴びながら二人はゆっくり進み、道路の向かい側まで到達した。その人垣からストレッチャーを引きながら、白衣を纏った人間が二人現れる。 「大丈夫ですか? 通報のあった妊婦さんは、こちらの方ですね?」 「はい。一応大丈夫だとは思いますが、搬送をお願いします」  そしてストレッチャーに寝かされた彼女が、貴子に申し訳無さそうに声をかけてきた。 「宇田川さん、色々ご面倒をおかけしました」 「気にしないで。緊張がほぐれて一気に疲れが出る可能性もあるから、大事を取ってね」 「はい、気をつけます」  そして無事、救急車が彼女を収容して走り出すと、誰かが貴子の肩を掴みながらせわしなく問いかけてきた。 「君! 中の様子はどうなんだ? 人質は無事なのか?」 「犯人に顔を殴られて怪我をした人が一人ますが、他の方は無傷です」 「そうか、それは良かった。それで」 「犯人は六名、全員銃を保持。服装は全員目出し帽に野球帽で、顔は不明。黒のジャンパーにジーンズ、白のスニーカーを着用してます」  淀みなく言ってのけた貴子に、恐らく所轄署の刑事だと見当を付けた男が驚いた様に目を見張る。 「随分スラスラ言えるな?」 「聞かれるだろうと思ったから、短時間で伝えられる様に予め考えていただけよ! それより飲み物と食べ物は? 犯人からあそこを出て十分で戻れと言われてるの。早く人数分、これに乗せて!」  貴子の言い方にそのベテランらしい男は鼻白んだが、ここで彼よりは若い男が台車に箱を乗せながら、貴子に声をかけた。
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