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「それではこれをお願いします。こちらは犯人分ですので」
当然の如く大小の箱を乗せた彼に、貴子が驚いた様に目を見張って言い返す。
「は? 犯人の分って何? まさか中に何か入れてるの? これを『あなた達の分だって言付かりました』って渡して、犯人が素直に食べると思ってるわけ!?」
「勿論そこはさり気なく渡してくれれば」
慌ててそう弁解した男に向かって、貴子は呆れ顔で言い放った。
「犯人がそこまで馬鹿だと思うの? 私だったら差し出されても、絶対自分で他のを選んで食べるわよ。頭悪いんじゃない?」
「…………」
全く反論ができない相手に向かって、貴子は更に言い募った。
「万が一、人質がそれを食べて、捜査員が突入してきた時に身動きできない人質が怪我でもしたら、責任はあんたが取るんでしょうね? 私の責任じゃ無いわよ?」
「……至急、差し換えろ」
「分かりました」
「急いでよ! つまらない事で時間を食ったわ!」
憮然とする刑事達をなおも急かしながら、貴子は心中で盛大に毒吐いた。
(全く、頭足りなさ過ぎよ! もう少し考えたら?)
そしてすったもんだの末、人数分飲食物を揃えて貰った貴子は、再び支店に向かって台車を押し始めた。そして、ふと考え込む。
(だけどあの間抜けな犯人達だったら、勧められるまま何も考えずに食べちゃうかも……)
思わず溜め息を吐いた貴子は、意識をこれからの事に集中し、気合いを入れ直した。
(取り敢えず、これを使う機会があるかどうかは、まだ分からないわね。いつでも準備万端だけど)
そしてテーパードパンツのポケットに入れておいたスマホの感触を、布の上から確かめた貴子は、意外にずっしりと重い台車を押しながら、店内へと戻って行った。
都内某所のそんな騒ぎを、警視庁内の告知メールで目に止めてはいたものの、自分の業務には全く関係がない為、隆也はいつも通り自分の机で残業していた。そんな中、着信を知らせてきたスマホをポケットから取り出した隆也は、ディスプレイに表示された発信者名を見て、怪訝な表情になる。
(西脇? こんな時間に何だ? 今日は捜査協力の依頼に所轄に出向いて、そのまま直帰の筈だが)
疑問に思いつつそれを耳に当てて応答した隆也だったが、挨拶抜きの取り乱した大声が伝わって来た。
「榊だが。西脇、どう」
「課長! 今すぐテレビを見て下さい!」
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