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「取りました! じゃあ宇田川さんから」
「私は最後で良いです」
「え? でも……」
まず持って来た貴子からと考えた彼女は当惑したが、貴子は冷静に理由を説明した。
「犯人にしっかり顔と名前を覚えられて、これからまた何かさせられるかもしれません。呼びに来た犯人に、手が自由になっている所を見られたら拙いです。ですから暫くこのまま出入り口から見える所にいて、犯人をごまかします」
「でも……」
尚も躊躇っている彼女に、ここで上司が指示を出した。
「彼女のご好意に甘えなさい」
「支店長?」
周囲の行員達が顔を向ける中、少し離れた所から立ち上がって近付いてきた男性が、冷静に判断を下した。
「まず他のお客様の紐を切って、順次後方に場所を移って頂きなさい。それから背後の人間の手元を隠せる様に、体格の良い者は何人か前に出て来るように。手元を隠す為に、皆で後ろを向いていたら目立つ」
それを受けて、何人かの行員がきびきびと動き出す。
「じゃあ俺達が前に出ます」
「切った紐の切れ端、散らかさない様に纏めておけ」
そして指示を出した支店長は貴子の隣に座り込み、如何にも申し訳無さそうに頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。
「宇田川様、大変ご迷惑をおかけしております」
「いえ、お互いに災難ですね」
「全くです」
苦笑いした貴子に、支店長が困り顔で頷く。そこで貴子は更なる懸念を口にした。
「支店長さん。実はさっき警察の方の背後に、物々しい装備の集団を見かけたんです。ここに強行突入する部隊かもしれません」
「本当ですか?」
瞬時に顔色を変えた支店長に、貴子が真顔で頷く。
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