第10章 急展開

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 そして上機嫌にスマホの電源を落とした貴子は、視線を二人に向けて横柄に言い放った。 「さあ、そちらが困るだろうから、一応名前と連絡先は書いてあげるわ。さっさと何か書く物を頂戴。それとお財布も無いから、帰りの交通費として千円位貸して貰いたいんだけど。警察署に荷物を引き取りに行った時にお返しするわ」 「分かった。……さっさと記録用紙を持って来い!」 「は、はいっ!」 (グズグズしてると建物内部を隅々まで確認して、報告が上がってくるから急ぎたいんだけど……)  譲原が周囲の捜査員を怒鳴りつけている間、貴子は注意深く支店の方を観察した。 「お待たせしました。こちらに氏名と住所、連絡先の記入をお願いします」 「ありがとう。父には現場の皆さんに大変親切にして頂いたと、伝えておきますわ」  お愛想笑いをしつつ、用紙とボールペンを備えたクリップボードを受け取った貴子は、サラサラと必要事項を記入し、自然と自分の背後で一列に並んでいた人質に手渡した。そして渋面になった譲原から、ポケットマネーで千円を受け取る。  それに「どうもありがとう。助かります」と笑顔で礼を述べてから、貴子は警察の包囲網を抜け出して、その外側の野次馬の中に割り込んだ。しかしそれを見逃す筈がない取材陣に早速捕まり、十重二十重に取り囲まれる。 「宇田川さん!」 「今の心境を、一言お願いします!」 「解放された、今のお気持ちはどうですか?」  しかし予め予測していた事態であり、貴子は至近距離から連続してフラッシュを受けながらも、嫌がりもせず取材に応じた。 「最高です。現場の警察官の皆様のお陰で、無事解放して頂いて感謝しております」 「今回の事件では、宇田川さんは重要な役割を果たされた様ですが、緊張されませんでしたか?」 「勿論緊張しましたし、好き好んで巻き込まれた訳では無いのですが……」  殊勝な顔をしながらも、次々とマスコミが望む受け答えを続ける貴子に、顔が知れている事や見栄えがする事もあって、取材陣の殆どは他の解放された人質には向かわず、貴子に群がって来た。  そんな中横目で人質達の列を確認し、かなり人数が減っている事を確認した貴子は、小さく満足そうに笑う。 (他の人は、順調に抜け出しているみたいね。見かけ無い顔のあの人達も居なくなったし、順調に進んだらしいわ。……あら、そろそろ潮時?)
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