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そう含み笑いで言われた事で、貴子は自分に後ろ暗い事がある事を、芳文が察している事が分かった。しかし相手がそれ以上何も言って来ない為、自分からは何も言わずに取り敢えず頭を低くしてやり過ごす。幸いパトカーは何事も無くすれ違って行き、上半身を起こした貴子に芳文が皮肉気な声をかけてきた。
「もう良いぞ? 怖い顔をしたおっさん達に、追われる気分はどうだ?」
「イケメンに追われるなら、嬉しいんだけど」
「ストーカーにしかならんから、止めておけ」
芳文は小さく笑ってから、何を考えているのかそれきり喋らなくなり、少しして無言になった車内の空気に耐えられなくなった貴子が、徐に口を開いた。
「ねえ」
「何だ?」
「……お説教、しないの?」
恐る恐る口にしてみた貴子に、芳文はハンドルを握りながら噴き出しそうな表情になる。
「そう言うって事は、自分がやった事の意味は正確に理解してるんだろうし、今更俺が小言を言っても意味ないだろ。それより腹は減ってないか? ここに来る途中のコンビニで、軽く買っておいた物が後部座席にある。食べたかったら好きにしろ」
「……いただきます」
どうやら空腹は覚えていたらしい貴子が、後部座席の白いビニール袋を見て、神妙に頭を下げた。そして座席の間から身を乗り出して袋を取り上げ、早速おにぎりを食べ始める。
ペット茶も飲みながら、時折ガサガサと音を立てている貴子の様子を、運転しながら横目で伺った芳文は、偶然彼女がどこからともなく取り出したスマホを、ビニール袋の中に突っ込む所を目撃した。しかし何食わぬ顔で視線を前方に戻し、気付かなかったふりをする。
(小道具の始末を考えてるのか? そうなるともう一軒寄るか?)
その芳文の読み通り、少ししてから貴子が声をかけてきた。
「悪いけど、もう一度コンビニに寄って貰えない? ちょっと温かい物が飲みたくなったわ」
「そうだな。じゃあ寄るか」
そして駐車場が無いコンビニの前の道路に停車し、芳文は彼女に千円札を渡した。
「俺はホットコーヒーな」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
そしてさり気なくビニール袋を手に、車から降り立った貴子は、それを入口付近に設置されていたゴミ箱に突っ込み、そ知らぬ顔で店内へと入って行った。
(めでたく証拠隠滅か? 勿体ない事をする。勿論、使い物にならなくなってるだろうが)
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