第二章

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 磯部はそれからというもの、博士のビスケットを盗み出すことだけを考えていた。だがいくら考えたところで、現状では一筋縄ではいきそうになかった。  アンダーソン博士の睡眠は二時間あれば充分なので、一日の研究が終わると彼は自宅に帰ってすぐ睡眠をとり、まだ辺りが暗いうちに再び研究所に出てくる。助手である磯部の出勤も、博士に合わせて午前四時だった。  つまりそれだけ博士の監視の目があるわけで、その中で例の発明品の盗難に走るのは困難と言えた。それに、博士が自宅に帰り、監視が緩くなったとしても、結局はあの厳重なキャビネットの引き出しの中に保管されてしまう。  隙ができても引き出しの鍵が開けられない。キャビネットを調べるには時間が足りない。そういうわけで、磯部がビスケットに触れる機会は中々訪れなかった。  その日もいつものように、磯部は助手としての仕事を淡々とこなしていた。  午前十一時になると、磯部は博士の昼食を作らなければならない。昼食のみならず、博士の食事を提供するのは助手である磯部の仕事だった。メニューは毎日、朝昼晩、すべてハンバーグだ。博士は子供の頃に食べた大好きなハンバーグ以外のメニューは受けつけなかった。だから、研究所の冷蔵庫の中には、三対七の牛豚の合いひき肉が常備されていた。牛豚の比率が少しでも違うと、博士は絶対にハンバーグを食べなかった。  磯部は作り終えたハンバーグを皿に乗せ、博士のデスクまで運んだ。 「博士、ハンバーグができました」 「そこに置いておいてくれたまえ」  博士は、磯部に研究者として評価したことはこれまで一度もないが、このハンバーグのことだけはずっと褒めていた。君は、ハンバーグを作ることにかけてはピカイチだね。これだけでも君を雇う価値がある。博士はそうやって磯部を称賛するが、これを皮肉で言っているのか、単純に料理の腕前を褒めているのか、磯部には分からなかった。  磯部は言った。 「博士、あのビスケットのはいつ使うんですか。テストには立ち会わせていただけますよね?」 「あれはまだ試作段階だからね。もう少し調整が必要なんだ」  そのときだった。 「邪魔するぜ!」
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