第一章 始まりはBARから

2/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
ふと周りを見渡すとちらほらと散見された客が皆いなくなりバーの中は俺とマスターの二人だけになっていた。 慌てて時計を見るとすでに日付が変わっていた。 終電は当然のことながら……無い。 「お客さん、お帰りの足はおありですか?」 不意にマスターに声をかけられる。集中が切れたのを見計らってのことだろう。 「いえ、残念ながら。失礼、ここは何時まで開いているんでしょう か?」 「ふふふ、お客さんがいる限りいつでも開いていますよ。どうせ老後の楽しみですからな。」 そういわれてほっとした。いまから何処か泊まるところを探すにしても当てがなかったからな。 そういえばと思ってこれも聞いてみる。 「マスター、このコースターなんですがこれの意味を教えてもらえますか?」 この言葉がどこかまずかったのかマスターの纏う雰囲気が一変した。 正直どういえばいいのかわからないがピリピリとした空気だ。 「お客さん、これは確かに私が考えているものです。  だからお教えすることは楽でしょう。  しかし、世の中において情報とは得るために対価がいる。  金銭かもしれない、あるいは自身の命、はたまた情報の先にある夢そのものか。」 そういっていったん言葉を切る。 意図せず息を止めていたのか少し息が荒くなった。 気付けばマスターの雰囲気が元に戻っている。 さっきの苛烈さが嘘のようだ。 「しかし、前途多難な若者にアドバイスを与えるのも先達の役目、ヒントだけ差し上げましょう。  下を向いてばかりいずにたまには上を向いて歩いていくのもよいかもしれませんよ。」 上か……。 そういえば最近追い詰められててろくに空なんか見てなかった気がする。 空か……空…そうか! 「その目は、何かお気づきになられたようですね。」 「ああ、マスターのおかげだ。お代はこれで頼む。」 そういって諭吉を二枚置くと慌てて店を飛び出した。 さっきの話で光明が見えた。 それにもしこれが当たっているなら…もしこれが解けるものなのなら…あの店は今度こそ当たりに違いない。 そう確信して家路を急ぐ。 今夜は新月だったが東の空がすでに明るみがかっていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!