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拡大 通報のあったアパートの一室に入った救急隊員は、その光景に目を疑った。 要救護者についての情報は断片的ながらも受け取っていて、それを基にして、経験からの想像もしていた。 しかし、彼等が実際に目にした光景は、その想像を凌いでいた。 六畳程の部屋の中心に敷かれた布団に、消え入る様な息使いの若い男性が横たわっていた。 そしてその傍らに、通報者と思われる若い女性が通報に使ったと見られるスマートフォンを左手に持ったまま正座で座り、焦点の合わない視線で男性を見下ろしていた。 布団とその周囲は鮮やかな赤で彩られていた。 それは一目で血痕だと解ったが、様々な現場を見てきた彼等の目にも異様と捉えられたのは、女性の顔面も同じ色に染められていた事だった。 その異様さは、通報内容にあった喀血ではなく、 「この女性が男性を鋭利な刃物等で男性を傷付けたのではないか」 と、何も知らない者なら思ってしまうのではないかと言う位に凄惨だった。  しかし救急隊員達は冷静だった。 一見して、男性に着いている血痕が、口の周りに集中し、胸や腹等には、飛沫程度にしか着いていない事を確認していた。 仮に外傷であるのなら、顔面の外傷以外には考えられなかったが、そこに傷は無かった。 更に、血まみれの二人の周囲に、刃物が無い事も確認できていた。  直ぐに酸素マスクが用意されて、取り付けられた。 同時進行で男性の生命兆候、所謂バイタルサインを別の隊員がチェックした。 男性の処置が進む一方で、呆然としている女性と会話をする事が試みられていた。 「松木さん。 松木春香さんですよね。 大丈夫ですか」 通報者の名前は解っていた。 ここにいる人物が、その通報者である事は明らかだったが、女性は隊員の呼び掛けに反応を見せなかった。 再び、問い掛けると、ゆっくりと血に染まった顔を向けてきた。 赤い顔に、虚ろな白い目だけが浮かんでいる。 「松木さん」 三度目の呼び掛けで、虚ろな目に生気が戻った。 「大丈夫ですか」 女性が自分を認識したと判断した隊員は、更に正気を取り戻す為の問い掛けを続けた。 隊員の目を見詰めている、白く浮き出た両の目が、ゆっくりと大きく見開いて行った。 そして、彼女は口を開き、声にならない叫びをあげた。
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