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開いたままの目からは涙が溢れ、その流れが顔に着いている血液を落としていくと、彼女の白い肌が赤い地に白い線を引いた。
隊員には、どれだけの恐怖が彼女を襲ったのか、想像できなかった。
「もう大丈夫ですから、落ち着いて下さい」
と言ったその言葉は、
「貴女一人ではありません」
と言う意味で発したものだった。
彼女の、誰かに縋りたい気持ちが、その言葉の意味を、すんなりと理解させた。
女性は落ち着きを取り戻したが、男性の容態は深刻だった。
血圧の急降下と失血のショックにより意識はなく、呼吸数も心拍も減少し始めていた。
救急隊員達は、患者を見た瞬間から、何らかの薬物中毒か結核を疑っていた。
しかし患者の部屋を瞬時に観察しても、薬物を摂取した形跡はなかった。
額にジェルシートが張ってあるところを見ると、体調が悪かった事も想像できる。
それらを踏まえ、結核の可能性が高いと考えた。
しかし、それも推察でしかない。
それでも、もしそうであれば二次感染を防がなけれればならないし、自分達も慎重に成らざるを得ないのだ。
幸いにも、通報内容から結核も疑って、予め指定されているマスクを着けてきたので、余程の事がない限り彼等は大丈夫だが、通報者である松木は感染している可能性があるため、彼女も搬送しなければならない。
どちらにしろ、この患者の状態では、三次救急の指定病院でしか対応出来ない。
また念のために、彼女も検査が必要になるし、場合に拠っては隔離されるだろう。
搬送先の病院は、大帝大学病院に決まったが、そこまではどんなに急いでも二十分は掛かる。
何よりも、この患者が病院まで保つかが問題だった。
ホットラインで医師は、その場でアドレナリンを投与する様に指示を出し、それを受けた救急救命士が実行した。
そして、慎重に救急車に乗せた。
辺りは暗くなり、野次馬も見当たらない事が幸運だった。
先程までしゃくり上げていた松木も、漸くに落ち着いてきていた。
結局、通報時に聞いた以上の事を、彼女から聞く事は出来なかったが、救急車に乗り病院に急行すると言う安心感を得れば、少しは話が出来るかもしれない。
彼女は隊員に促され、全身に血の着いたままの格好に自分のバッグを持ち、自らの足で救急車に乗り込んだ。
その時、彼のスマートフォンは持ち出さなかった。
それは意図した事ではなく、その必要性が頭の中から失せていた為だった。
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