プロローグ

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そして、もう直ぐそれが叶う。 電車に揺られていると、体が熱くなってきた。 自分でも上気しているのが解った。 顔が火照っている。 家が近付くに連れ、動悸も激しくなって行った。 それが興奮なのか、それとも長年に渡って蓄積した疲労が出てきたのか解らないが、彼の顔は他人から見てもそれと解る位、熱を帯びていた。 数日前から出始めた咳も酷くなっている様だった。 この数日間は、自分でも解る程、無理をしていたと思った。 しかし、興奮していた彼は、体も心も疲れを感じなかったのだ。 それを良い事に、決して若くは無い体に無理を重ね、風邪をひいてしまったのかも知れない。 立っているのが辛くなってきたが、乗客の誰もが自分達の事に夢中で、誰も彼の事を気に留め無かった。 殆どの人が、スマートフォンを見つめて下を向いている。 少しでも顔を上げれば、顔を赤らめた男が立っているのに気が付くのだが、誰もそれをしなかった。 やがて電車はターミナル駅に着いた。 彼はここで乗り換えをしなければならない。 ふらつく足取りで電車を降りると、男は急に咳き込みホームに倒れた。 様々な音が満ちているホームに一瞬の静寂が訪れる。 そして、 「大丈夫ですか」 と叫ぶ若い女性の声だけが、周囲に響いた。 それまでとは違ったざわめきが起こる中、男は激しく咳き込みながら薄目を開いた。 少女の心配そうな顔が、目の前にあった。 自分の為に心配してくれている少女に対し、 「大丈夫です。 ありがとう」 そう言いたかったのだが、声にできなかった。 その代わりに咳が出てくる。 少女にも咳がかかってしまっているだろうが、抑えられなかった。 男は咳き込みながらもゆっくりと体を起こすと、少しの間、呼吸を調えてから、言えなかった言葉を言った。 少女は少し安心した表情を見せた。 その頃になって漸く、周囲の大人たちが近寄ってきた。 男を支える人、駅員を呼びに行く人、救急車を呼ぶべきか男に尋ねる人がいた。 やがて駅員が慌ててやって来た。 男は駅員に介抱されながら立ち上がると、立ち尽くしている制服の少女に向かって、 「ありがとう」 と言う言葉を残し、二、三人に抱えられながら、その場を去って行った。
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