第1章

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 当時は大騒ぎとなり、連日マスコミがにぎわい、日本政府も怒り狂った。  私の親戚や知人――父も、あのとき東京駅にいた。 『お前は、またやられてもいいのか?』  彼は、間を空けたあとまた本の中に視線をもどした。  手元はひどくふるえていた。私は彼のことを詳しく知らない。知ってるのは上層部だけで、私は経験豊富といえどまだまだ中間の者だ。彼と大して階級差もない。  だが、おそらくは似たような境遇だろう。私はドイツ系アメリカ人を父に持ち、日本人の母を持つハーフだ。日本は国際化が進んだとはいえ、主流はアジア系である。白人のように肌が白く、彫りが深い者は少ない。さらに西洋との衝突もあるため、いらぬ恨みを買うことも多い。 「………」  だからこそ、誰よりも日本人であろうとし、日本を守ろうとした。彼も、そんな一人ではないのか。――純粋な願いだったからこそ思うのだろう。自分がやってることは正しいのか。 「正しくなんてない」  ぼそっと言ったが、彼は聞こえたらしい。ピクッと反応して――だが、こちらに顔を向けず、そのまま席を立った。 「………」正しいものなんて何もない。あるのは思想と行動だけ。思想と行動はベクトルだ。ただそれだけでしかないのに、ベクトルの向きや角度で衝突が起こる。  殺し合いになる。 『こちら、フランスから中継をお送りします。また過激団体の事件がありまして。どうやら、今回の事件はある人物が関与しているらしく――』  私も懐から本を取り出し、読もうとした。題名は『ゴドーを待ちながら』。だが、時間はあっという間に過ぎてしまい、途中で本を閉じてしまう。  プレートを店にもどすとき、屋内の空間液晶でニュースが映し出されていた。  また人が死んだらしい。 「――しかも」あいつの仕業だ。  次に、ニュースはベルリンに変わる。  親が死んだのは一人だけじゃない。他にも数名子供がいたらしく、カメラの前で泣いていた。そして、恨みをぶつけていた。 「………」  私は店を出た。  3  職場にもどる。  私は仕事をはじめる前に、トイレに入って手を洗うことにした。  個室に入っていた同僚がトイレから出て、またしばらくしてもどってくると声を上げた。 「――うおっ、ミハイル! お前、どんだけ手を洗ってんだよ」  4  職場からの帰り、交差点の信号が青になるとき――書類を受け取った。
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