0人が本棚に入れています
本棚に追加
当時は大騒ぎとなり、連日マスコミがにぎわい、日本政府も怒り狂った。
私の親戚や知人――父も、あのとき東京駅にいた。
『お前は、またやられてもいいのか?』
彼は、間を空けたあとまた本の中に視線をもどした。
手元はひどくふるえていた。私は彼のことを詳しく知らない。知ってるのは上層部だけで、私は経験豊富といえどまだまだ中間の者だ。彼と大して階級差もない。
だが、おそらくは似たような境遇だろう。私はドイツ系アメリカ人を父に持ち、日本人の母を持つハーフだ。日本は国際化が進んだとはいえ、主流はアジア系である。白人のように肌が白く、彫りが深い者は少ない。さらに西洋との衝突もあるため、いらぬ恨みを買うことも多い。
「………」
だからこそ、誰よりも日本人であろうとし、日本を守ろうとした。彼も、そんな一人ではないのか。――純粋な願いだったからこそ思うのだろう。自分がやってることは正しいのか。
「正しくなんてない」
ぼそっと言ったが、彼は聞こえたらしい。ピクッと反応して――だが、こちらに顔を向けず、そのまま席を立った。
「………」正しいものなんて何もない。あるのは思想と行動だけ。思想と行動はベクトルだ。ただそれだけでしかないのに、ベクトルの向きや角度で衝突が起こる。
殺し合いになる。
『こちら、フランスから中継をお送りします。また過激団体の事件がありまして。どうやら、今回の事件はある人物が関与しているらしく――』
私も懐から本を取り出し、読もうとした。題名は『ゴドーを待ちながら』。だが、時間はあっという間に過ぎてしまい、途中で本を閉じてしまう。
プレートを店にもどすとき、屋内の空間液晶でニュースが映し出されていた。
また人が死んだらしい。
「――しかも」あいつの仕業だ。
次に、ニュースはベルリンに変わる。
親が死んだのは一人だけじゃない。他にも数名子供がいたらしく、カメラの前で泣いていた。そして、恨みをぶつけていた。
「………」
私は店を出た。
3
職場にもどる。
私は仕事をはじめる前に、トイレに入って手を洗うことにした。
個室に入っていた同僚がトイレから出て、またしばらくしてもどってくると声を上げた。
「――うおっ、ミハイル! お前、どんだけ手を洗ってんだよ」
4
職場からの帰り、交差点の信号が青になるとき――書類を受け取った。
最初のコメントを投稿しよう!