第1章

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 誰かと合流して受け取るのではなく、歩きながら、すれちがいざまに荷物や書類を受け取る方法。諜報員の基本すぎて、本にも載っている手口。  人気のない川沿いに着くと、地面を掘って荷物を受け取った。  これもまた、よくやる手だ。昔は日本に来たスパイが人気のない神社などの近くに穴を掘り、そこで荷物の受け渡しをしていた。今じゃ、日本もその方法を真似ている。  袋の中には日本の小説が数冊入っている。  アメリカから来た白人という設定とはいえ、日本の小説をこうまでして手に入れる必要があるのか。上司からは笑われるが、私はどうしても気になるので最善の注意を払う。  また街にもどると、ベンチに座って電話を使った。  腕時計を操作し、空間液晶を機動。表示されたパネルを操作して、上司に連絡した。 『おー、どうしたビール野郎。元気にしてたか』  叔父という設定だ。私は有色人種の楽園になったアメリカから抜けだし、ドイツにやって来た。叔父は未だにアメリカにいるが、幼い頃に私は両親を亡くしたようなので、昔から世話になっていたようだ。  無駄に設定が凝っている。ちなみに、私たちは普通に会話してるように聞こえるが、会話はあるキーワードを元に解読すると、隠されたメッセージが分かる暗号で話している。 『元気にしてますよ。こちらは事件も多いですがどうにか(Hくんは無事に任務を完了しました。報告書も手元に。あとで手紙で送ります)』  ちなみに、その手紙も暗号で書かれている。 『そうか、それはよかった。心配してたぞ(了解した。次に、きみにはあの男を担当してもらう)』 『すいませんね。あー、仕事を忘れて映画見たいですね(いいんですか? こちらとしては、その方が助かりますが)』 『ほう、何が見たいんだ。アメリカ映画か?(なーに、俺が辞めたら次はきみに上になつてもらいたいからな)』  ……これは困った。普通の会社なら出世だと大喜びなのに、この仕事じゃ全く喜べない。 『いえ違います。あれはどこの映画でしたか。炭鉱の町が舞台なんですが(私を地獄に落とすつもりですか)』 『おいおい、炭鉱町が舞台なんていくらでもあるぞ(煉獄かもしれんぞ。ふふつ、そうなると、今後の生き方次第で死後が変わるな)』
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