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綺麗だなって、思う。容姿は勿論のことだけれど、それだけじゃなくて。
「こちらを向いて下さい…うん、とても似合っています。すみません、これこのまま着て行きます。会計はこれで」
「っあ、お買い上げありがとうございます!」
ふんわりとしたワンピースに身を包んだ九十雲は一見女性と差異ない…いや、その辺の女性と比べ物にならない程に綺麗だ。これがれっきとした男だと言うのだから、なんというかあの学園に同性愛が蔓延っているのも閉鎖的だという条件を除いても理解できてしまう気がする。
そんな九十雲に見惚れていた店員に己のカードを押しつけ、店員の視界に九十雲が入らない様にさり気無く立ち位置を移動する。
今、今だけは。この九十雲を見ていいのは私だけなのに。
あの忌々しい、私を目の敵にする、九十雲の隣に寄り添う二人がいない今は、九十雲は私だけの…
「涙くん、この服、ありがとう…全然自分で買ったのに」
「―……っあ、ええ、私が九十雲に見立てたものなので」
不意に覗き込む様に九十雲にお礼を告げられ、思考の波から意識が浮上した。
いけない、幾らこの人の前だからといって、物思いに耽ってしまうなんて。
幼い頃から父に、信じられるのは自分だけなのだと躾けられて育って来た。
いざというときには下に付く者たちも側近すらも信じず、ただ自分だけを信じろと。その為にまず如何なる時も隙は見せてはならない。常に物事を俯瞰して見ていられる余裕を持ち続けろと。
…そう、言われ続けてきたはずなのに。
「涙くん、行こっか」
この、掴まれた手を振りほどけないほどに私はこの人に好意を抱いてしまっている。
…この人を、信じてしまっている。
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