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第1章 彼と私と
「セフレになってくれない?」
唐突な彼のその言葉に、私のタイピングの手が止まった。室内には、彼が操作しているプリンターが図面を吐き出す音が続いていた。
「ねえ、聞いてる?」
それは何気ない午後のひと時。私は勤務先である、機械部品を作っている小さな町工場の事務室で必要な書類を一人で作っていた。そして彼は、現場で働いている最中に必要になったのだろう図面をコピーしにやってきた。事務員と現場作業員という立場の違いもあり、彼とはほとんど会話をしたことがない。だから、急に話しかけられた上に、そんな内容であったために私の思考回路が一瞬けつまづいた。
「あの、どうしてそんなこと」
しどろもどろになりながら、やっとのことでそう返事をすると、彼は真新しい紙をひらりと翻しながら微笑んだ。
「なんとなく」
馬鹿馬鹿しい、と思った。だが、その彼の微笑みは、今まで私が見てきたどんな男性のものよりも魅力的に見えたのだった。
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