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お坊さんは、温かく笑っていた。
どうして?
こんな冷たい人間に、どうして優しく出来るの?
そう聞きたかったけれど、涙がこぼれて、言葉を上手く伝えられる気がしなかった。
お坊さんは、そんな私の頭を撫でて言った。
「けれどな。人間、誰でも間違う人間なんだ。どこかで誰かかれかのことを悪く言って、傷つく人間もいれば、気づかない人間も、見て見ぬふりをする人間もいる。大丈夫、お前は傷に気づけたんだよ。傷はな、生きてるうちは治すことが出来るんだよ」
お坊さんはそう言って、兎の頭蓋骨を持ち上げた。
「死んだらな、もう治せないんだ。治せないコイツ等を、どうか天へ返しておくれ」
寂しげな目で私を見るお坊さん。
私は泣きながら頷くと、兎の胴体の骨を持ち上げた。
静かな森の奥。
人知れず建った寺の中、お坊さんのお経だけが響いていた。
それから一年後、一人の女性が、私と同じように森をさまよっていた。
一つ違うのは、彼女はこの地でその彼女自身も骸にしようとしていたこと。
彼女は、せめて死ぬ前にと、偶然見つけたこの寺に懺悔をしに来たようだ。
洗いざらい、自分の恨むべき部分を話した彼女。
「私は最低な人間です」
「ふふ。確かにそれは、酷いわね」
彼女が振り返ると、目をまん丸く見開いた。
彼女は驚いたことだろう。
何せ、黒い着物を着たお坊さんが、友達らしきものだった、以前の同僚なのだから。
「しずか……」
彼女は私の名前を言った。
眉を下げ、途端に大声を上げると、私に泣きついた。
「ごめんなさい、貴方のことも私、心のどこで見下していたの」
「いいえ、謝るのは私の方。ごめんなさい。貴方のことを妬んで、悪口を言った」
彼女は、私の言葉を聞いても態度を変えなかった。
私が悪口を言っていることを知っていたはずなのに。
そんな彼女が最低だと、一体誰が思うと言うのだろう?
彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。今貴方は、自分が分からなくなってちょっと傷ついているだけ。傷はね、傷があるって気付けたら、ちゃんと治せるのよ」
彼女は、泣きながら私を見つめる。
まだ、自分のことを信用出来無さそうに。
「おや。お客さんとは珍しいね」
お師匠様……以前、私に声をかけてくれたお坊さんが、狐の骸を抱いて戻ってきた。
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